≪雨の日のお迎え≫


 その日の午後の授業中、雨が降ってきた。
「予報では、雨は降らないと言っていたのに……」
 朝から雲行きが怪しいとは思っていたが、今日は一日中曇りだという天気予報に、水希は傘を持ってきていなかった。
「この雨では、工さんもお仕事中止ですね……」
 そんな事を思いながら、帰りはどうしようかと考えを巡らす。


 結局、迎えに来て貰う事にして電話を掛けようとした時。
『二年七組、樫本水希さん。至急職員室まで来て下さい。繰り返します……』
 そんな校内放送が聞こえてきて、水希は首を傾げる。
 呼び出しされるような事が、何かあっただろうか?
 そう思いながら、水希は職員室へと向かう。

「失礼します」
「樫本さん。奥に来客ですよ」
「はい」
 入り口近くにいた先生にそう言われ、職員室の奥に向かう。
 奥には来客用にちょっとした机とソファがあり、ついたてで仕切られている。
 そうしてついたての中を覗くと。
「……工さん!?」
「……水希さん、どうも……」
 そこには何故か工がいた。
 そうしてその周りには、水希の担任やら生活指導の先生、学年主任の先生に校長先生までいた。
「樫本さん。貴女のお知り合いでよろしいかしら?」
 担任の先生にそう言われ、水希は頷く。
「祖父の下で大工見習いをしている方です」
 それを聞いて、その場にいる全員が少なからず安堵したような表情を見せた。
「それでしたら、もうお帰り頂いても結構ですよ。申し訳ありませんでした」
「あ、いえ。こちらこそ……」
 そうして先生達はそれぞれ自分の席に戻って仕事を始める。

 後に残された水希は、ワケが分からずに首を傾げるしかなかった。
「あの……?」
「……話は帰りながらでもいいですか?」
「はい……」
 工に促されて、水希は昇降口へと靴を取りにいく。


 来客用玄関で待っていた工は、水希が来ると傘を差し出した。
「傘を持ってきたんです。朝、持って行かなかったでしょう?」
「ああ、それで……」
 工が学校まで来た理由に納得して、水希は嬉しくなる。
「わざわざ、ありがとうございます」
 ぺこりと頭を下げ、水希は満面の笑みを見せる。
「でも、先程のは……?」
「えっと……お恥ずかしながら、ここに来た時、勝手に中に入っていいものかどうか迷って、暫く校門前でウロウロしていたんです。そうしたら、守衛の方に不審者と間違えられて……」
「そうなんですか……」

 水希の学校は私立の女子校で、校門前には不審者対策として守衛室があって、常時見張りがいる。
 だから校門前でウロウロしていれば、不審者と間違えられてもおかしくはない。

「大変でしたね」
「ええ、全く。今度からは守衛の方に一言言って、中に入れて貰うようにします」
「それが一番いいと思います」
 そうして二人で話しながら、水希は何だかデートみたいだと思って、頬を赤らめる。

「……雨の日は、俺も仕事が中止になりますから。水希さんが傘を忘れたら、こうして迎えに来ますね」
 優しい笑顔でそう言われ、水希は嬉しくなる。

「それに、何だかこうしていると……デートしてるみたいです」

 水希が思っていた事と同じ事を言われ、思わず工を見る。
 すると、照れた様子の工と目が合った。
「迷惑、でしたか……?」
 そう聞いてくる工に、水希は首を横に振る。
「迷惑だなんてとんでもないです!私も……同じ事を思っていましたから」
 そう言ってはにかむ水希に、工は柔らかい視線を向ける。

「じゃあ……お迎えデート、ですね」
「はいっ」

 そうして二人は雨の中、家路をゆっくりと歩いた。


=Fin=