≪デートのススメ≫
ある日の仕事の昼休み。
工は水希の祖父でもある、棟梁に呼び出された。
「タクよ。ちょっと聞きてぇ事があるんだが……」
「親方、なんでしょうか?」
仕事で失敗した覚えは無いし、これからされる話が全然検討もつかない工は、首を傾げる。
すると棟梁は眉根を寄せ、周りに聞かれないように声を潜めて聞く。
「おめぇ、その……ウチの水希と付き合ってるのか?」
「え゛……」
まるで睨まれているような感覚を受けて、工は言葉に詰まる。
「あ、あの、それは……」
水希の誕生日に告白をして。
想いが通じて、一応恋人という関係にはなったが。
まだ、水希の家族の誰にも報告していない。
……以前よりもお互いの距離が縮まりはしたが、報告する程の進展は無い、というのが実情だが。
水希は大事な孫娘のハズだ。それなのに何の報告もナシに付き合っているとなれば、怒鳴られるだけじゃ済まないかもしれない。
そう思って工が顔を青くしていると、意外な答えが返ってきた。
「あぁ、別に反対する訳じゃねぇんだ。ただ、な……」
「ただ……?」
神妙なその顔に、工はごくりとつばを飲み込む。
「タク、おめぇ水希とちゃんとデートした事あるのか?」
「……は?」
言われた内容が一瞬理解できず、工は間抜けな返事しか出来なかった。
「いや〜、大工仕事は基本的に雨が降ると休みになるが、その分期限に間に合わせる為に休日返上になったりもするだろ?最近は平日に雨が続いて仕事にならなかったから特にな」
「はぁ……」
「そうすっとおめぇ、水希との時間が取れねぇじゃねぇか。平日はおめぇが休みでも、水希は学校だしな」
「そう、ですね」
前に傘を忘れた水希に傘を届けに行った時に、デートみたいだと思った事はあるが。
考えてみれば、休日に二人でどこかに出かけたり、というのはまだない。
「おいおい、しっかりしろタク!俺はおめぇになら水希をやってもいいと思ってるんだからな?」
「はい……っえ!?」
思わず勢いに押されて返事をしてしまったが、その内容はある意味爆弾発言だ。
「お、親方!?いきなり何を……」
「いきなりも何も、ドコの馬の骨とも知れねぇ奴に大事な水希をやれる訳ねぇだろ。その点おめぇなら、俺を含めて家族全員気に入ってるし、何よりおめぇが水希とくっ付いてくれりゃあ、跡継ぎにも困らねぇしな!」
カッカッカ、と笑う棟梁に、工はこれ以上ないくらいに顔を真っ赤にさせる。
「……一応、そういう事は水希さんが決める事だと思いますが」
「だからよ!だからこそおめぇには水希の気をしっかりと繋ぎ止めておいてもらわなきゃなんねぇんだろうが」
そう力説され、工はたじろぐ。
「……俺にどうしろと」
「おう、それでな。考えたんだが、やっぱここは一度ちゃんとデートしてこい。休みやるから」
「でも、ここの現場は期限が……」
「一人位いなくてもどうにかならぁ。おめぇは心配しねぇで、ちゃんと水希の相手をしろ。但し」
「但し?」
「水希を泣かすような真似だけはするんじゃねぇぞ?もしそうなったら、覚悟しやがれ」
一瞬、その目が剣呑に光って、工はこくこくと頷いた。
「――という訳で親方に休みをもらったので、その……で、デート、しません、か」
その日の昼に言われた事を簡単に説明して――さすがに跡継ぎだとか、そういう話は省いたが――水希をデートに誘う。
「あの、いいんですか……?嬉しい……」
そう言って頬を赤らめる水希に、工は微笑む。
「行きたい所があれば、言って下さい。……俺はそういうの、あまり詳しくないので」
「私は、工さんと一緒であればどこでも……ですけど、考えておきますね。工さんも、一応どこか考えて下さいね?」
「わかりました」
そうして二人は、初めてのデートを心待ちにしていた。
そして迎えた休日は、――生憎の雨。
しかも豪雨のうえ、雷まで鳴っている。
これでは到底出掛ける事など出来そうもなかった。
「時期が悪かったですね。これは梅雨の終わりの雨でしょう」
「そうですね……きっと来週なら初夏の晴れ間がのぞいてたのでしょうけれど……」
暫くそうして窓の外を見て。
だが、雨足はどんどん強くなっていく。
「……デート、ダメになってしまいましたね」
残念そうにそう言う水希に、工は何かないかと考える。
「……そうだ。でしたら、今日は部屋の中で何かしませんか?将棋……はつまらないですよね。えと、色々お話しするとか」
すると先程まで沈んでいた水希の表情が、パァッと明るくなる。
「そうですね。今日はお部屋でゆっくり過ごしましょう。普段、お互いの事をお話しする機会もあまりありませんし」
「じゃあ、何か飲み物とお菓子でも用意して、ゆっくり過ごしましょうか」
「はいっ」
そうして初デートは結局、室内でのんびり過ごす事になってしまったが。
お互い、一緒にいられるだけで幸せだった。
後日、工は改めて休日に休みを貰える事になった。
=Fin=