≪初めてのお出かけ≫
前回のデートが雨でダメになって、次の休日。
工はデートの行き先を内緒にして、水希を海の傍にある水族館に連れてきた。
「わぁ……っ!水族館なんて、久しぶりですっ」
「よかった。喜んでもらえて」
他の人にあれこれ聞いたり、色々雑誌を読んだりして、散々悩んで決めたので、工は内心ホッとしていた。
「じゃあ、行きましょうか」
「はいっ」
休日ということもあり、館内は親子連れやカップルが多かった。
「あ、イルカですよ!」
入ってすぐの水槽にイルカがいて、水希は嬉しそうに駆け寄る。
水槽はどうやら上の階からも見れるらしく、太陽光が差し込んでいた。
その中をイルカが泳いでいるのだが。
「イルカって……水中では逆さに泳ぐんですね」
「本当ですね……」
数頭のイルカ達が、同じように一定の回転をしながら水槽内を上下にぐるぐると泳いでいる。
……実はこれは、イルカが寝ている時の行動なのだが。
それを知らない二人は、イルカが水中では逆さまになって泳ぐのだと勘違いし、信じてしまった。
「何だか、新しい発見ですね」
「そうですね。では、次に行きますか?」
「はい」
そうして二人は、館内をゆっくりと歩きながら、水中の魚達を楽しそうに眺める。
水中トンネルや、深海にすむ生物、熱帯域の川辺を再現した水槽など。
その中で水希が足を止めたのは、ペンギンの水槽の前だった。
「可愛い……っ」
ペンギンの水槽の前にある手摺りの所まで行って、水希はふにゃんとした笑顔になる。
「ペンギン、お好きですか?」
「はいっ!ペンギン大好きですっ」
「……っ……」
そのままの笑顔を向けられて、工は思わず赤面する。
物凄く可愛い。
蕩けるような、その笑顔。
出来る事なら、誰にも見せずに独り占めしたい。
「あ、工さん見て下さい。あの子、水面からなかなか上がれないみたいです」
「え……えっと、どれ、ですか?」
ずっと水希の方を見ていた工は、話を振られて慌てて水槽の方を見る。
すると確かに一羽、水面から勢いを付けて氷の上に上がろうとしているのに、なかなか上がれないペンギンがいた。
「……あれは、上がる場所が悪いと思いますけど」
そのペンギンが一生懸命上がろうとしている所のすぐ横辺りに、もう少し低い段差があって。
他のペンギン達はそこから氷の上に上がっている。
その事に工が苦笑していると、水希は小さな声で「頑張って」と応援していて。
それがなんとも真剣な表情で、微笑ましかった。
そうしてそのペンギンが、何度目かのトライの時にようやく氷の上に上がれると。
「やった!あの子、やりましたよ、工さん。よかったぁ……」
そう、自分の事のように喜んだ。
「良かったですね」
「はい」
と、水希が丁度、工の方を向いていた時。
隣に割り込んできたカップルが水希を少し押して。
水希は工の腕の中に倒れこむ形となった。
「きゃ……!?」
「っと……大丈夫ですか?」
「は……はい……」
水希を支える為に、工は咄嗟に彼女をギュッと抱き締めていて。
その事を自覚して、途端に二人は真っ赤になった。
「えと、あの……ペンギン、まだ見ますか……?」
「あ……それじゃあ、はい……」
だが、先程よりも混んできたのか、横にも後ろにも人だかりが出来ていて、水希はそのままの体勢のまま、顔だけを水槽に向けて見るしかなかった。
勿論、水希も工もそのままペンギンに集中する事はできなくて。
どちらからともなく、ペンギンの水槽の前から離れる事にした。
その後も館内にあるレストランで昼食を挟んで、様々な魚達が悠然と泳ぐ姿を堪能して。
イルカのショーも楽しんだ後、二人はお土産コーナーへと入った。
「わぁ……可愛い」
そこでも水希が一番に目を付けたのはペンギンで。
手の平に乗るサイズの、子供の皇帝ペンギンのぬいぐるみを手に取ると、顔をふにゃんとさせた。
「本当にペンギンが好きなんですね」
「はい。イルカとかラッコも好きなんですけど……ペンギンが一番好きです」
その言葉に工は、きっと冬に旭山動物園に連れて行ったら喜ぶんだろうなと考える。
あそこは冬の期間、ペンギンが園内をお散歩する、という催しがあるから。
「……ここの水族館には、ラッコはいませんでしたよね」
「そうですね。ちょっと残念です」
水希は少しだけ寂しそうな表情をするが、それでもペンギンのぬいぐるみを手に持ったままだ。
「……」
どうやら水希はそのぬいぐるみが気に入ったらしい。
「それじゃあ……」
そう言って工は、水希の持っていたぬいぐるみをひょいと掴む。
「これは、今日の記念に」
「え……」
そうしてさっさとレジに持っていくと、会計を済ませてしまった。
「はい。プレゼントです」
「工さん……ありがとうございますっ」
嬉しそうに顔を綻ばせる水希に、工も表情を和らげる。
すると水希は、何かを思いついたように聞く。
「工さんは、何が好きですか?」
「俺、ですか?そうですね……やっぱりイルカですね」
それを聞くと、水希はキーホルダーのコーナーに行って、小さなイルカのキーホルダーを手に取ると、レジへと持って行く。
「あの、お返しです。キーホルダーなら、男の人でも平気かな、って思って……」
銀色の、イルカをかたどったキーホルダー。
工はそれを受け取ると、早速財布に付けた。
「ありがとうございます。大切にしますね」
今日の記念に。
「今日は楽しかったです。本当にありがとうございました」
水族館を出た後は、ブラブラと散歩がてらウィンドショッピングなんかを楽しんだ。
「お礼なんて……楽しんで貰えたなら俺はそれで……」
「……また、一緒にお出かけしてくれますか?」
おずおずと言われた言葉に、工は笑顔で返す。
「勿論です。また、デートしましょう」
「……はい」
初めてのデートは、記憶に残る素敵な日。
=Fin=