≪変化と、戸惑い≫


 それは秋も深まってきた頃。
「あの、工さん」
「どうかしましたか?」
「今度、私の学校で文化祭があるんですが……来て頂けますか?」
「文化祭、ですか。いいですよ」
 工が了承すると、水希は嬉しそうに微笑んだ。
「では、当日はこちらの招待状をお持ち下さいね?これが無いと入れませんから」

 水希の学校は私立の女子校だ。だから不審人物を入れない為に、招待状という形で外来客を限定するらしい。

「分かりました」
 招待状を見ながら、工はそう頷いた。


 文化祭の当日、工は招待状を手に少し緊張していた。
 以前、雨の日に傘を届けに来た時、不審者と間違えられた記憶があるからだ。
「招待状はお持ちですか?」
「あ、はい」
 門の所で守衛にそう問われ、工は招待状を差し出す。
「……結構です。ではどうぞ」
 中に促され、工はこっそりと安堵した。

 校舎の内装は、さすが女子校と言うべきか何だか華やかで。
 パンフレットを見ながら、工は真っ直ぐに水希のクラスへと向った。
「……ここか」
 そうして中に入ると。
「いらっしゃいませ」
 そう言って出迎えたのは、紺の膝下ワンピースにフリルエプロンとカチューシャといういでたちの、まさにメイドさんだった。
「……」
 工は目の前の光景に、一瞬クラスを間違えたかと思う。
 だが。
「工さん、来て下さったんですね」
 そう言いながら嬉しそうに傍に寄って来た水希も、やはりメイド姿だった。
「み、水希さん?その格好は一体……」
「似合いませんか……?」
 少しだけ沈んだ声で言われた言葉に、工は慌てて首を横に振る。
「いいえっ!そんな事ありません」

 似合い過ぎて困るんです。

 その言葉を飲み込んで、工は聞く。
「えっと、水希さんのこのクラスは、何の出し物なんですか?」
「ああ、それでしたら見ての通り、メイド喫茶ですよ?」
 その予想していた言葉に、工はこっそりと溜息を吐く。

 ……確かにメイド服だけど。
 何だか微妙に違う気がする。

 水希の通うこの女子校は、お嬢様校で。
 世間一般の常識とは少しずれている気がする。

 だが、さすがに世間一般で言う所の“メイド喫茶”でなくて良かったと工は思う。
 まさか、水希が膝上のミニスカメイド姿で、他の男に“ご主人様”とか言ってたら、気分が悪いし。

 そんな事を考えていると、いつの間にか工は気付いたら周りを水希のクラスメイト数人に取り囲まれていた。
「あの……もしかして樫本さんの彼氏さん、ですか?」
「え…っと、まぁそういう事になるの、かな?」
 そう言いながら工が水希を見ると、彼女は恥ずかしそうにほんのりと頬を赤らめていた。
 周りのクラスメイト達は、彼氏発言に少し興奮気味で。
「あ、あの!どうやって知り合ったんですか?」
 とか。
「できれば、誰か紹介して下さいっ」
 とか。
 質問攻めにされて工はたじろいだ。

 困っている工に助け舟を出したのは、丁度クラスの様子を見にきた担任の先生だ。
「貴女達、何をしているの?今は文化祭中ですよ」
 その言葉に、工を取り囲んでいた水希のクラスメイトは慌てて散り散りになる。
 そうして一人その場に残った水希が謝る。
「工さん、友達がすみません」
「いえ、いいですよ。少し驚きましたけど」
 苦笑しながらそう言い、工は改めて水希の格好を見る。
「……その格好、よくお似合いです」
「あ、ありがとうございます」
 改めて言われて、水希は頬を染める。
「何だか、誰にも見せたくない気分です」
「工さん……」

 工は真剣に思う。
 誰にも目の触れない所に、彼女を閉じ込めてしまえたら、と。

 だけどそんな事はできないし、彼女の自由を奪う事になるのは嫌だから。
「……少しだけ、触れてもいいですか?」
 そう言いながら、工は水希の頬に触れる。
 まるで繊細なモノに触れるかのように、そっと。

 本当はもっと触れたい。
 抱き締めて、キスをして。
 それから――。

「工さん……?」
 工の、その普段とは少し違った様子に、水希は首を傾げる。
 ハッと我に返った工は、内心焦る。

 今、何を考えた――?

「……何でもないです」
 苦笑しながらそう言い、工は少しだけ胸が苦しくなった。

 もし。
 自分の男としての欲を、彼女に怖がられたら。

 そう思うと怖くなって、工はその事に気付かれないように、水希に微笑みかける。
「……後で、一緒に回れますか?」
「はいっ。交代の時間がくれば、その後は自由ですから」
 嬉しそうにする水希に、工はフッと口元を緩めた。


 彼女の笑顔を見ていたいから。
 今はまだ、このままで。


=Fin=