≪お弁当を届けて≫


 その日、水希の学校は創立記念日でお休みで。
 だから少しだけゆっくりと起きたら、何だか台所が慌しかった。
「……どうかしたの?お母さん……」
「あぁ、水希。それがねぇ……ご飯を炊き忘れちゃってて。朝も大変だったのよ?だから今、お弁当を作ってるの」
「……手伝うわ」
 時々、うっかりこういう事をする母親に苦笑しながら、水希は手伝いを始めた。

 祖父と父と工、三人分のお弁当を作り終えると、水希はそれを届けるよう頼まれた。
「実はこの後ちょっと用事があって。大丈夫、今回の現場はそんなに遠い所じゃないし」
 そうして現場までの簡単な地図を渡されて、水希はそこまで行く事になった。


 電車で二駅。そこから徒歩で15分程の距離。

 現場に着くと、水希はどうしようかと戸惑う。
 実は水希は家族と工以外の男性は、やっぱりまだ苦手なのだった。
「どうしよう……」
 水希は誰にも声を掛けられないまま、大工達が作業を続ける現場を覗き込む。

 すると、作業をしていた大工の一人が水希に気付く。
「おい、そこの嬢ちゃん。危ないから入ってきちゃ……ああ、棟梁んトコのお嬢じゃねぇか」
「あ……」
「いやぁ、大きくなったなぁ。しかもこんなべっぴんになって……」

 馴れ馴れしく話しかけてきたのは、樫本組では結構古株の大工。
 だから当然、水希も面識はあるのだが。
 水希はどうしても男性への苦手意識から、自然と俯いてしまう。

「今日はどうしたんでぇ。棟梁に用事かい?」
「その……」
「嬢ちゃん?どうした?」
「……」

 そうして言葉も出てこなくなって。
 俯いたまま水希はギュッと目を瞑る。

「水希さんっ!」

 その時、聞き慣れた自分を呼ぶ声が聞こえて、水希は思わず顔を上げる。
 すると工がこちらに走ってくるのが見えた。
「……工、さん……」
 工の姿を認めて、水希は思わずそちらに駆け寄る。
「工さん……っ」
「え、水希さん……!?」
 水希に突然抱き付かれて、工は慌てる。
 だがその肩が少し震えているようで、落ち着かせる為に優しく抱き締める。
「水希さん、大丈夫ですよ」
 そう言って、工は背中を撫でた。


 暫くそうしていると水希の震えも止まり、恥ずかしそうに顔を上げてきた。
「あの、突然ごめんなさい……」
「いいえ。でも、水希さんが来られるとは思いませんでした。お弁当を、持ってきて下さったんでしょう?」
「あ、はい」
 するとそこに野次が飛んだ。
「おう、二人とも熱々だな」
「「!」」
 その声に周りを見てみると、いつの間にか棟梁である水希の祖父を始め、大工達が皆集まっていた。
「ずいぶん見せ付けてくれるじゃねぇか、タクよ」
「お、親方っ」
「これなら樫本組の未来も安泰ってモンだな」
「〜〜っ」
 カッカッカと笑い声を上げる棟梁に、水希も工も顔を真っ赤にさせる。
「で、弁当は?」
 その言葉に水希はお弁当を渡すと、その場から逃げるように家に帰った。

 その後、現場に残された工が皆から冷やかされたのは、言うまでもない。



=Fin=