≪その理由≫
水希は大工の娘にしては珍しく、お淑やかで大人しく、男の人が苦手な女の子だ。
その理由としては、お嬢様育ちの母親の薦めでずっと女子校通いだったから。
だが、本当はもう一つ理由があった。
水希が工達のお弁当を届けてから数日。
工は毎日のように同じ職人仲間からからかわれていた。
「いや〜しっかしタクも隅に置けねぇな。いつの間にお嬢と?」
「やっぱり、住み込みっちゅーのが大きいんじゃねぇのか?」
仕事中も休憩中もそんな感じだから、工はやりにくい事この上ない。
そんな中、気になる言葉を聞いた。
「だがあのお嬢がなぁ……」
「まぁ、大きくなって多少はって事だろ」
樫本組に古くからいる大工達は、当然水希の小さい頃も知っているだろう。
だから工は気になった。
小さい頃の水希は、いったいどんな女の子だったんだろう、と。
「……水希さんが、どうかしたんですか?」
そう話に入ってきた工に、他の大工達は目を瞠り、だがすぐにニヤリと笑って口々に話し始めた。
「お嬢は小さい頃から本当にめんこくってなぁ」
「そうそう。棟梁もいっつも写真見せびらかしてたよな」
「だけど、仕事場は危ねぇからってお嬢は立ち入り禁止だったんだよ」
成程。
普通なら家の敷地内に大工の仕事場があれば、そこに出入りして性格も大工達の影響を受けるだろうに。
だけどそれがなかったから、あれだけ大人しい性格になったんだろう。
「たまに棟梁に誘われて家の方に行くだろ?そうすっとおめぇ、泣くんだよ」
「……泣く?」
「これがまたえらい人見知りしてよ。そうすっと棟梁、自分で家に誘っときながら俺達を追い返すんだ」
「それがさらにお嬢の人見知りに拍車をかけちまってなぁ」
「……」
笑いながらそう話す大工達の言葉に、工は納得がいった気がした。
ただでさえ人見知りする性格なのに、さらに女子校育ちなら男性への免疫は少ないだろう。
だからこそ最初、離れで暮らし始めた頃は避けられていたのだ。
「……親方も随分過保護に育てたんですね」
「ありゃあ孫を溺愛する年寄りそのまんまだろ」
「違ぇねぇ!」
そうして笑っている大工達を、一喝する声が飛んできた。
「テメェら仕事しねぇかっ!」
話に上がっていた棟梁本人にそう言われ、大工達は慌てて作業に戻る。
工も作業を再開していると、棟梁が傍に寄って来た。
「オメェも水希を幸せにしてぇんだったら、早く仕事覚えて一人前になりやがれ」
「は、はいっ」
脅すようにそう言われ、工は緊張しながら返事をする。
すると。
「で、小せぇ頃の水希が知りたかったら、仕事以外の時に俺に聞け。色んな話があるぞ?」
ニヤリとした笑みでそう言われ、工は少しだけ緊張を和らげた。
孫を溺愛している棟梁に気に入られた工は、多分かなりの幸せ者なのだろう。
=Fin=