≪看病の時間≫
その日、芹は朝から何となく、杏香の様子がおかしいと思っていた。
だからお弁当を食べている時に聞いてみた。
「……杏香?何だかボーっとしてるみたいだけど、どうかした?」
「んー……何か、今朝からヘンなんですよねぇ……」
「変?」
「はぃ……ずーっと頭がフワフワしててー……目がしぱしぱするんですー……」
「しぱしぱ?乾燥するって事?」
芹は少し考えて、もしかしてと思う。
「杏香、もしかして風邪なんじゃない……?」
「風邪、ですかぁ……?」
だが杏香は首を傾げる。
「でも、喉も痛くないし……鼻水だって出ませんよー……?」
「でも、ちょっと熱があるかもしれない。ちょっといい?」
そう断って、芹は杏香の額に手を当てる。
「……杏香。ちょっと、保健室行こう」
「どうしてですかぁ……?」
「いいからっ」
芹は慌てて杏香を保健室に連れて行くと、キチンと体温計で測ってもらう。
「37.9℃……ちょっと高いわね。今日は早退した方がいいわ。親御さんに連絡して迎えに来てもらいなさい」
保健の先生にそう言われ、だが杏香は困ったように言う。
「あのぅ……私、一人暮らしなんですー……」
「そうなの?困ったわね……」
「困りましたねー……」
そう言って考え込む二人に、芹が提案する。
「あの、僕が送っていきます」
しかしすぐさま杏香が反対する。
「えぇっ、ダメですよー……。芹君は授業出て下さいー……」
「でも……そうだ、じゃあ放課後まで杏香は保健室で寝かせてもらって、それから一緒に帰ろう?」
「あぁ、その手がありましたかー……。芹君は頭いいですねー……」
へらっと笑う杏香は、熱の為か少し力なくて。
芹はその事に心配そうな顔をして、保健の先生に向き直る。
「あの、放課後までお願いできますか?」
「ええ。ベッドは空いてるから大丈夫よ」
「お願いします。……じゃあ杏香、放課後迎えに来るから」
「はぃ……芹君も授業頑張って下さいー……」
そうして放課後。
芹は杏香の荷物を持って、帰り道を一緒に歩く。
「杏香。今日はバイト先に連絡して休まなくちゃダメだよ?」
「はぃ……」
「あと、栄養ある物食べて、薬飲んで、暖かくして寝る事」
「はぃ……」
「……杏香、大丈夫?」
「平気ですー……」
杏香の反応が大分薄くなってきたので心配になって顔を覗き込むと、熱が上がったのか頬が少し赤い。
「家、まだ着かない?」
「そろそろ……あそこですー……」
杏香が指差したのは、築30年は経っているかという外観のボロアパート。
鉄製の階段を上って、二階の端が杏香の部屋だった。
中はキッチン付きの六畳一間。
部屋の中は物が少なく、必要最低限の物しか置いてないように思えた。
「布団、ここでいい?」
「……ありがとうございますー……」
「大丈夫?そうだ、飲み物とか枕元に置いとけばすぐに飲めるし、後は……」
あれこれと考えている芹の横で、杏香はなにやらゴソゴソしていたかと思うと、突然制服を脱ぎ始めた。
「うわぁっ!?きょ、杏香っ!何してるのっ?」
芹は真っ赤な顔で、慌てて杏香の手を止める。
「……?寝巻きに着替えるだけですよー……?」
どうやら杏香は熱のせいで正常な判断が出来ないらしい。
「……凄く心配になってきた」
そう言って芹は溜息を吐くと、ある決心をした。
「夜まで杏香を看病する」
と。