そうと決まれば、芹は早速行動に移す。

 とはいっても、まずは寝巻きに着替える杏香の為に、芹は一度外に出ておく事にした。
「5分したら戻ってくるから。それまでに着替えて布団の中に入っててね?」
「はぃ……」
 そうして外に出てる間に、やらなくてはならない事を考えておく。


 5分経って部屋に入ると、杏香は大人しく布団の中に入っていた。
 その事にホッとして、芹は次に薬と食材の確認をする。

 だが、食材はそう期待できないだろう。
 何故なら杏香は、普段は食費を抑える為に切り詰めた生活をしているのだから。

 案の定、小さな1ドアタイプの冷蔵庫には殆ど何も入っておらず。
「……買いに行かなくちゃ」
 そう思って、ついでだから薬も買ってこようと思う。
 どこにあるか分からないし、量の少ない物を買えば使い切ってしまうだろう。
「その前に杏香のバイト先に連絡入れて……あ、家にも帰るの遅くなるって電話しなきゃ……」

 何て言い訳しようか?
 いや、別にやましい事してる訳じゃないんだし、正直に言えばいいか……。

 少し悩んで、芹は家に電話する。
「もしもし、母さん?ちょっと今日、帰り遅くなるんだけど……」
『遅くなる?どうして?』
「えっと、同じクラスに一人暮らしの子がいて、でも熱があって、心配だから夜まで看病しようと思って……」
『……彼女?』
 思いがけず言い当てられて、芹は途端に焦ったように言う。
「いや、あの、杏香は彼女っていうか……あ」
 口が滑ったと思った時にはもう既に遅くて。
『ふ〜ん。杏香ちゃんっていうんだ』
「……ハイ」
『でも、そうね。熱があって一人暮らしなら心配よねぇ……まぁ、あんまり遅くならないようにしなさいよ?』
「うん、分かってる」
『……ヘンな事しちゃダメよ』
「しないよっ!」
 芹は真っ赤な顔でそう言うと、電話を切った。
「全くもう……いきなり何言い出すんだよ」
 ブツブツとそう言いながら、芹は杏香の方を向く。
「杏香……寝てる?」
 そっと声を掛けるが、杏香の返事はなく、代わりに少し辛そうな呼吸が聞えてきた。
「携帯、借りるからね」
 一応そう言って、杏香の携帯からバイト先の番号を呼び出して、休む事を連絡する。

 その後、洗面所からタオルを探してくると、それを濡らして額に乗せて。
 念の為“買い物をしてくる”と書き置きすると、芹はそっと家を出た。


「えっと、まずはお粥と……」
 芹は取り敢えず近所のスーパーで目ぼしい物を買っていく。
 レトルトのお粥、カップ麺のうどん、スポーツ飲料、生姜湯(お湯に溶かして作るタイプ)、ゼリー、ヨーグルト、桃缶……。
 消化にいいちょっとしたものなら、どれかは食べられるだろう。

 そうして次に薬局に足を向ける。
「風邪薬は……あ、ついでだからこれも」
 芹が見つけたのは、熱がある時に額に貼る冷却シートだ。

 必要と思われる物を一通り買った芹は、急いで杏香の元へと帰る。


 芹が戻ると杏香はまだ寝ていて、取り敢えず買った物を冷蔵庫に入れていく。
「これでよし、と。あ、冷却シート貼らなきゃ」
 少しだけ温かくなっているタオルをどかして、冷却シートを額に貼ると、その冷たさからか杏香が目を覚ました。
「せり、くん……?」
「ごめん、起こしちゃった?」
「ど…して……かえったんじゃ……?」
「杏香の事が心配だったから。色々買ってきたんだけど、何か食べれそう?」
 そう聞くと杏香はコクンと頷く。
「お粥とうどんとゼリーとヨーグルトがあるんだけど。あと桃缶」
「……おかゆ……」
「分かった。今作るからね」
 そう言うと芹は、レトルトのお粥を準備する。

「お湯で温めるか、電子レンジ……レンジの方が早いかな」
 杏香の家にあったのは、本当に温める機能だけの電子レンジ。
 芹はお粥を適当な容器に移して温める。
 そうしてできたお粥とスプーンを杏香に持っていく。
「はい、お粥。自分で食べれる?」
 一応そう聞くが、杏香の反応は鈍いし、喋り方も小さな子供みたいに舌足らずで。
 食べさせた方がいいかな、と思って、芹はスプーンですくって少し冷ましてやってから、杏香の口元に運ぶ。
「杏香、あーんして」
 杏香は言われた通りにお粥を口に含む。
 すると杏香は、はにかんだような笑みを浮かべた。
「……おいしい……」
 その笑みに、芹はドキッとする。
「そ、そう?ほら、もっと食べて」
 そう言って芹は、ドキドキしながらお粥を杏香に食べさせてやった。