毎年夏になると、家族で高原にある伯父のペンションに一週間程泊まりに行く。
 でも今年の夏は――。


≪高原で逢いましょう≫


 ペンションに泊まりに行くと、律歌は決まって行く場所がある。

「お母さん、いつものトコ行ってくるね!」
「気を付けなさいよー?」
 それはペンションからすぐの場所にある湖。
 小さい頃から律歌のお気に入りの場所だ。


「うーん。気持ちイイー」
 高原を渡る風は都会と違って爽やかに吹き抜ける。
 湖の畔ともなれば、夏でも涼しく感じられる。
 伯父のペンションは麓の街からは少し離れているし、ここは静かだ。
 風が木の葉を揺らす音はとても安らかで。
 ここだけ時間がゆったりと流れているようだ。
 まさに、避暑地という言葉がぴったりの場所。

 律歌は暫くそのまま湖の畔を歩いていた。
 すると、不意に後ろから声を掛けられる。
「ここの人?」
「え?」
 振り向くとそこには、穏やかそうな感じの青年がいた。
 律歌は、自分よりも少し年上かな?と思う。
 彼はもう一度同じ事を聞いてきた。
「地元の人かな?」
「……いいえ?すぐそこのペンションに泊まっているんです。どうして?」
「観光客なら今の時間は大抵街に行く人が多いから」
 じゃあ、と律歌は逆に聞く。
「貴方はここの人なんですか?」
「いいや?僕も観光、かな」
 その言葉に二人は少しだけ笑う。
「私達、似た者同士なんですね」
「そうみたいだね。じゃあ似た者ついでに少し世間話でもする?僕は水原旋。君は?」
「高瀬律歌といいます。旋律の“律”っていう字に“歌”って書いて」
 すると旋はクスクスと笑う。
「本当に似た者同士みたいだ、僕ら。僕の旋っていう字は旋律の“旋”だからね」
「本当ですか?凄い偶然」
「じゃあ改めて。よろしくね律歌」
 いきなり名前で呼ばれて手を差し出され、律歌は少しだけびっくりした。
「……はい、旋さん」
 だが同じように名前で返せばそれほど違和感もなく、律歌は、手が大きいな、と握手しながら思った。


 旋は律歌の予想通り、彼女より三歳年上で。
 だが名前の事もあってか二人は自然と打ち解けて話をしていた。
「で、その時に……と、もうこんな時間か」
 時計を見ると、もうかれこれ数時間は話していた。
「律歌はどれくらいこっちにいるの?」
「一週間くらい、かな」
「じゃあまた逢える?」
「はい。大体いつも同じ時間にここにいると思うんで」
「そっか。じゃあ、また明日」
「はいっ!」
 次の日も会う約束をして、律歌は旋に別れを告げてペンションに戻った。


「あら律歌。遅かったわね」
「えへへ、ちょっとね」
 ペンションに戻るなり母親にそう聞かれたが、律歌は旋の事は黙っていた。

 旅先で出来た密かな楽しみ。教えるなんて勿体ない。

 その後は終始ご機嫌で、律歌は皆から訝しげられていた。


 それからは毎日、同じ時間に同じ場所で旋と逢って話をして。
 内容こそ他愛のないものばかりだったが、律歌はとても楽しかった。


 あっという間に数日が経ち、律歌はいよいよ明後日の朝早くに帰る事となった。
「あーあ。旋さんと逢えるのも明日で最後かぁ……」
「寂しい?」
「……うん」
「僕も」
 暫く沈黙が続いて、木々のざわめきだけが耳に聞こえる。
「……明日……君に逢ったら言いたい事があるんだ」
「え……今じゃ、ダメなの?」
「明日」
 穏やかな、だけど有無を言わせない微笑み。
「じゃあ、明日聞かせて?」
「うん。約束」
 二人は指切りをして、微笑み合うとそのまま別れた。