次の日、約束の時間になって律歌が湖に行こうとすると、父親に引き止められた。
「律歌。急なんだが今日はお前に会わせたい客が来るんだ。だからここにいなさい」
「え?でも……」
「いつ来られるか分からないから、外に出かけてはダメだよ。わかったね」
「……はい……」
旋との約束があるのに。
暫くは大人しくペンションにいた律歌だが、約束の時間からどんどん時が経つにつれ、いてもたってもいられなくなり、とうとうペンションを抜け出した。
「いない……」
いつもの場所に、旋はいなかった。
約束の時間から優に一時間は経っている。
どうしよう。
怒って帰っちゃったのかな。
言いたい事があるって言ってたのに。
指切りしたのに。
いつまで経っても、私が来ないから……。
「もう一度逢いたい……旋さん……っ」
律歌が途方に暮れていると、携帯が着信を告げる。
『律歌、今どこにいるんだ。早く帰ってきなさい』
父親だった。
仕方なくペンションに戻ると、ダイニングに二人、男性がいた。
恐らく彼らが客人なのだろう。後姿で顔は分からない。
「出かけてはダメだと言っただろう。さ、挨拶しなさい」
「はい……」
沈んだ気分のまま、律歌は客人に挨拶をする。
「初めまして。高瀬律歌といいます」
そうして顔を上げ相手の顔を見る。
すると、そこにいたのは。
「せ、ん……さん……?」
片方の男は紛れもない旋だった。
「律歌」
柔らかな、自分を呼ぶその声。
穏やかな微笑み、優しい眼差し。
逢いたいと願った人。
「旋さん……っ」
もう一度逢えた事が嬉しくて、律歌は思わず泣き出してしまう。
「あぁ、泣かないで、泣かないで」
困ったように旋が宥めようとするが、律歌は彼にしがみ付くようにして首を横に振り、一向に泣き止まない。
「……少し、二人きりにさせて貰えませんか?」
そう旋が律歌の両親に許可を取り、二人は律歌が使っている部屋に行く。
二人でベッドに腰掛けて、旋は抱き締めるようにして律歌の髪を梳くように撫でていた。
そうして暫くしてようやく律歌は泣き止む。
「落ち着いた?」
顔を覗き込むようにしてそう問われ、律歌はコクンと頷く。
と同時に現状に思い至ると、急に恥ずかしくなって律歌は視線を彷徨わせる。
「あ、あの……」
「……よかった」
不意にぎゅっと抱き締められて律歌は慌てる。
「せ、旋さん!?」
「……来てくれないから、凄く心配だった」
「……ごめんなさい、私……」
「いいよ。君のせいじゃない。……それに、僕がいなくて律歌も慌てたんじゃない?」
「……不安だった。もう逢えないかと思って、悲しかった。怒らせちゃったんじゃないかって……」
もう一度泣きそうになって、だが旋が額にこつんと額を合わせてきたので真っ赤になる。
「怒ってないよ」
「……はい」
そうして律歌はふと思い至る。
「でも、どうして旋さんがここに……?」
「……えっと。昨日言いたい事があるって言った事なんだけどね」
旋は質問には答えずに唐突に話し出す。
「実は前から君の事は知っていたんだ」
「え……」
「僕の父親と律歌のお父さんは古い知り合いで。……その」
「???」
「……僕達、親同士が決めた許婚なんだって」
「……許婚……?」
「許婚」
それは。
つまり。
「えぇ!?」
「ごめんね、黙ってて。でも、そういう事だから。……嫌、かな」
信じられないといった様子で放心状態だった律歌は、だが旋の言葉に勢いよく首を横に振る。
「嫌じゃないです、嬉しいです!……旋さん、は……」
律歌は不安そうに旋を見上げる。
「……僕も嬉しい。最初はどんな子かなって思ったけど、今は律歌でよかったって思うよ」
そうして二人でクスクスと微笑み合って。
「これからもよろしくね。未来の花嫁さん」
「は、花嫁……」
旋は、真っ赤になって俯く律歌の頬に手を添えて自分の方を向かせると、柔らかなキスを一つ落とした。
=Fin=