部活を終えて、ことりは渋々と体育館へと向かう。
「はぁ……早苗ちゃんの意地悪……一緒に来てくれてもいいのに……」
 せめて一緒に来て欲しいと言ったら、「一人で行かなきゃ失礼でしょ」と言われてしまったのだ。
「……やだなぁ」

 思えば今までことりは、早苗に守ってもらってきたのだ。
 いつも彼女の後ろに隠れるようにして。
 周りと身長差が出来始めると、特に男の子は怖いと思うようになったから。
「いい加減自分で何とかしろって事なのかな……」
 そう思うと、やっぱり彼女だけは自分を子供扱いしないんだな、とちょっとだけ嬉しくなったりもするが。


 体育館の入り口まで行くと、そこには人だかりが出来ていた。
「うう〜っ、中が見えない……」
 一生懸命背伸びしたりジャンプをするが、入り口にいる人だかりは身長が高い人が多くて。
 時々声援の中に「戌井君〜」という声も混じるから、多分これがファンクラブの人なのだろうと思う。
 その熱気に押され、ことりは回れ右をする。
「もう帰ろ……これだけファンの人がいるなら、別に私がいなくてもいいだろうし」
 そうして歩き出した時だった。
 一際大きくなった狂喜の声に驚いて何事かと振り向くと、そこには健がいた。
「ことり。こっちにおいで」
「は、い……」
 手招きされて、ことりは体育館内に入る。
「ここからなら見えるだろ?」
 するとその事にファンの一人だろう、女子生徒が抗議する。
「ちょっと!何でその子は体育館内に入っていいの?私達には入り口までって言っておいて!」
「……君達は中に入っていいって言うと、傍まで来て部活の邪魔するだろう?第一ギャラリーが多すぎ。ただでさえうるさくて集中を欠くのに。それに、こうでもしないと彼女は中が見えないし、君達に押し潰されかねないからね」
 その冷徹な声に、ことりは一瞬怖いと思った。
 それは他の子もそう思ったらしく、抗議の声は上がらなかった。
「じゃあことり。もう少しで終わるから」
 そう言った健の声は、もう柔らかくて。
 まだこれで三回しか話していないけど、ことりは、いつものせんぱいだ、と思った。


 バスケ部の練習が終わって、ことりは健と一緒に帰る。
「どうだった?バスケ部の練習見てて」
「……凄かったです。皆に色々と指示出してて」
「まぁ、それはキャプテンだからね」
「でも、きびきびしててカッコよかったですよ?」
 ことりは思ったままを言う。
 すると健は驚いたように目を見開いて。
 すぐに目を細めると嬉しそうに言う。
「……ことりは本当に可愛いね」
「そう、ですか……?」
 だが、次に健が発した言葉に、ことりは酷く傷つく。

「本当、ことりは小さくて可愛い」

 ことりが顔色を変えて言葉を失ったのを、健は見逃さなかった。
「ことり?俺、何か気に障る事言った?」
 優しい問い掛けに、ことりは何だか泣きたくなる。
「子供扱い……しないで下さい……!」
「……小さいって、俺が言ったから?」
 そう聞かれ、ことりはコクンと頷く。
「……小さくて可愛いって……子供扱いされてるみたいで嫌なんです。子供は小さいから可愛いでしょ?だから……」
 ことりがそう言うと、思ってもみない答えが返ってきた。

「う〜ん……そう言われても、俺からすれば女の子は皆小さくて可愛いんだけど」

「へ……?」
「ほら、俺、背高いだろ?193pぐらいだったと思うんだけど。俺よりデカイ女はそうそういないし」
 改めてそう言われると、確かにと思う。
 ことりは健を見上げる時、ほぼ真上を見る感じだ。
 だから、普通の女の子でも多少は彼を見上げるぐらいには高いのだろう。
「えっと……例えるなら、子犬と小型犬の違いかな」
「子犬と……小型犬?」
 突然の例え話に、ことりは首を傾げる。一体何を話すつもりなのだろうか?
「どっちも小さくて可愛いだろ?でも、可愛いの意味は同じじゃない」
「……」
「ことりにも分かるだろ?小型犬は成犬になっても小さくて可愛いって言われる。でもそれは、子供みたいで可愛いっていうのとは全く別だって」
「……はい」
「俺はことりを子供扱いしてるつもりはないよ」
 そうして優しく頭を撫でられる。
 その手を大きいな、と思いながら、ことりは早苗の言葉を思い出した。

『ま、その内現れるわよ。子供扱いじゃなく、小さくて可愛いって言ってくれる人が』

 あれはこういう意味だったのだろうか?
「……せんぱいは、なんで私の事を……?」
「……一目惚れだよ。入学式の時に、凄く小さくて可愛い子がいるって」
 思い出すように健は続ける。
「文化祭で合唱部は舞台で歌っただろ?それでことりの名前を知った」
 まるで小鳥がさえずるような可愛い歌声で、思わず惚れ直した、という付け足しに、ことりは真っ赤になる。
「どうやって告白しようか悩んで、でも、呼び出して二人きりでっていうと、多分怯えるかなって思って。ほら、学年も身長も離れてるから」
 苦笑するように言う健につられてことりも苦笑する。
 ……初めて見た時、巨人って思いました、と内心思って。

「……だから、卑怯だと思ったけど、強引に告白して、一方的に約束を取り付けて。敢えてことりの返事を聞かないようにしてた。まずは俺を見てもらいたかったから」
「せんぱい……」
 せんぱいがこういう作戦に出なければきっと、断っていたと思う。
 そう思ってことりは、自分が彼をどう思っているのか考える。

「え……っと。私、せんぱいの事、多分嫌いじゃないです。だから、もう少しだけ返事、待ってもらえませんか……?」
「……それは。少しでも望みアリ……って事?」
「……はい」
 すると健は嬉しそうに破顔し、ことりを抱きしめる。
「好きだよ、ことり」
 包み込まれるように、その腕の中にすっぽりと収まってしまい、そんな事を言われて、ことりは慌てる。
「せんぱい〜っ!だから返事は待って下さいって……!」
「うん、待ってる」
 にこにことそう言われれば、ことりはもう何も言えなかった。


 それからというもの。
「ことり。お邪魔してもいいかな」
 少なくともお昼は必ずそう言って一緒にご飯を食べるようになった。
 さすがに教室では目立つので、いつも部活で使っている第二音楽室に行って。
「こんにちは先輩」
「こんにちは、早苗ちゃん」
 ことりが早苗を“早苗ちゃん”と言うので、どうやら健にもそう定着してしまったらしい。

 ことりはまだ返事をしていないが、傍から見るともう立派にカップルが成立している。
 何故なら。
「ことりが作ったおかず食べたい。交換しよう?」
「あ、はい。今日は卵焼き作ったんです。……おいしいですか?」
「うん、おいしい」
「……」
 このやり取りに、早苗は呆れて思う。


 まるで“可愛くさえずる小鳥に恋した大型犬”ね、と。


=Fin=