とある街の片隅。人通りの少なくなった繁華街にライはいた。
ライはストリートミュージシャン。毎晩この繁華街で自作の歌を歌っている。
≪−Song−≫
今日もライはいつものように歌を歌う。
通り過ぎる人々の中には、時折足を止めて聴いていく人もいる。
そういった人達は、時々ギターケースにお金を入れる人もいて。
それは同情なのか、本当に自分の歌を価値のあるものと考えてくれる人なのか、それはライには判断がつかない。
ふと気が付くと、自分のすぐ傍に少女が座っていた。
膝を抱えて顔を伏せ、表情は分からない。
女の子だと分かったのは、それらしい格好と長い髪のおかげだ。
……だからといって、100%そうとは言い切れないが。
傍に座っているといっても、1m程離れた場所。いつからそこにいるのかは分からない。
だが。
ライは何となく気になっていた。
「……降ってきたか……」
天気予報で、今日は夜から雨だと言っていた。
ポツポツとギターに落ちる雨粒に、ライは急いで片付けを始める。
その時だった。
「歌……もう歌わないの……?」
微かな声に顔を上げると、先程の少女が顔を上げていた。
「雨が降ってきちまったからな。楽器ってのは、雨に濡れるとあんま良くないんだ」
「……そう」
片付けを終えて、だが少女はその場を動く気配が一向にない。
雨足はだいぶ強くなり、少女の服を濡らしていく。
一瞬迷って、ライは少女に手を差し伸べていた。
「行くトコないんだったらウチに来るか?雨風くらいは凌げると思うぜ」
ライを見上げた少女はまるで捨てられた子猫のようで。
黙ったまま、その差し伸べられた手を取った。
少女は名前を美夜といった。
あの雨の夜から、美夜はライの部屋に住み着いて。
奇妙な同棲生活が始まった。
美夜は自分の事を何も言わなかったし、ライの事も何も聞かなかった。
それはライも同じで。
ただ、暇さえあれば美夜はライの歌を聴きたがった。
「ライの歌……私、凄く好き……」
「俺なんかの歌でいいんだ」
「うん……ライの歌声、優しく包まれてるみたいで落ち着くの……」
「……そう言われたのは、初めてだな」
ライは別にプロになるつもりはなかったので、他人からの評価を受けた事はない。
だが、そう言って貰えて嬉しかった。
美夜はライのストリートライブには必ず付いてくる。
ずっと傍で嬉しそうに自分の歌を聞いてくれる美夜に、ライはこのまま傍にいて欲しいと願うようになっていた。
ある夜、いつも通りに路上で歌を歌っていると、二人組みの男が現れた。
キッチリとしたスーツに身を包み、繁華街にはそぐわない、上品な感じの男達。
彼らは美夜に近付くと、恭しく頭を下げた。
「お探ししました、美夜お嬢様」
「……っ!」
「旦那様も奥様も、大層心配しておられます。さぁ、お戻り下さいませ」
美夜は男達に促されるままに歩き出す。
「……美夜……」
ライがそう声を掛けると、美夜は一度だけ振り返った。
「ライ……」
それは、悲しみに満ちた表情だった。
美夜がいなくなって、ライは心にポッカリと穴が開いたような気持ちになった。
ただ傍にいて、お互いの事など何も知らなかったのに。
ライにとって美夜は、いつの間にか大切な存在になっていた。
「美夜……」
考えた末にライは、ある場所に来ていた。
「雷夜(らいや)か。久しぶりだな、急にどうした?」
「例の話を、受けに来た。但し、一つだけ条件がある」
「……いいだろう。何だ?」
「条件は……」