五年後。
美夜はあるホテルのパーティ会場にいた。
実は美夜は“月島グループ”を纏める月島家の令嬢だった。
五年前、ライと出会ったあの日、美夜は家を飛び出して街を彷徨い、あの歌声に惹かれたのだ。
あのひと時だけが、美夜にとってかけがえのない宝物となっていた。
そうして今日、美夜の婚約パーティが開かれる事となった。
見知らぬ男との婚約。
相手もそれなりの家の出だという事だけは聞かされている。
この婚約に、美夜の意思など必要ないのだ。
美夜は人を使って、ライがどうしているか様子を見に行かせた事がある。
だが、ライは現れなかった。
ライの住んでいたアパートにも彼はおらず、プロとして成功したという話も聞かない。
五年間、様々な人脈を使って探したが、ライはとうとう見つからなかった。
美夜は、ライの事を何一つ知らなかったから、それはそれで仕方がないともいえる。
聞けなかったのは、自分の事を知られたくなかったから。
だけど、消息が途絶えるとは思ってもみなかった。
「ライ……」
もう一度、逢いたいと願った。
「美夜様。婚約者の、霧原様がお見えになりました」
美夜が婚約者に逢うのは、今日が初めてだった。
霧原というのは、月島と同等の力を持つ家だ。
婚約の申し入れはかなり前から霧原家よりあったらしく、月島家としても、願ってもない申し入れだったらしい。
ただ、婚約が遅れたのには訳がある。
相手の息子が経済学の勉強の為、留学をしていたというのだ。
「初めまして。霧原雷夜といいます」
「月島美夜です。初めまして」
軽く挨拶を交わして、美夜は雷夜と名乗った婚約者を覗い見る。
どこかで見た気がしないでもないが、美夜は幼い頃から社交的なパーティに出席させられているから、それのどこかで逢ったのかもしれない。
婚約者という事で、美夜は雷夜との行動を余儀なくされた。
海外留学をしていたという彼は、こういったパーティに出席するのは久しぶりらしく、様々な人に挨拶をして回る。
それに付き合って会場内を歩き回り、美夜は少し疲れていた。
「お疲れになりましたか?」
「いえ……大丈夫です」
「……もし宜しければ、この後、上に部屋を取ってあるので、少しお話でもしませんか?婚約者だというのに、我々はお互いの事を知らなさ過ぎますから」
美夜は戸惑ったが、どうせ雷夜は近い将来自分の夫になる人物なのだと、彼の申し出を受ける事にした。
パーティがお開きになり、美夜は雷夜について最上階のスィートに通された。
「……美夜。逢いたかった……」
部屋に入るなり、愛おしそうな目で見つめられてそう言われ、美夜は戸惑う。
「あ、の……?」
「……君は憶えていないかもしれないけれど、俺は君にずっと逢いたかった」
雷夜はそう言って部屋の奥へと向かう。
「色々なパーティで君と何度も顔を合わせていたんだ」
「……」
「だからあの時も、本当はすぐに君だとわかった」
「あの時……?」
何故だろう。美夜は心がざわめくのを感じた。
「君を本気で手に入れたくて、君との婚約を条件に、親に言われていた留学の話を受けたんだ」
雷夜はあるモノを手にして戻ってきた。
それを見て、美夜は目を見開く。
「……っそれ、は……!」
「俺の歌が好きだと、そう言ってくれたね」
それは紛れもなく、ライのギターだった。
「……あの頃は親に反発してね。自分の道は自分で作るって家を飛び出して。何をやっていいか分からなかったから、取り敢えず好きだったギターで、ストリートミュージシャンをやっていたんだ」
そうして、あの時の歌を歌い始める。
「ライ……私も、逢いたかった……っ!」
そう言って泣き出してしまった美夜を、雷夜は優しく抱き締める。
「憶えていてくれたんだね」
「すぐに気付かなくて……ごめんなさい……」
「いいよ。……留学中に、歌を作ったんだ。美夜に聴いて欲しい」
耳元で囁くように言われて、美夜は何度も頷いた。
それは、君だけに捧げる、愛の歌≪LOVE SONG≫――。
=Fin=