≪伝え合う想い≫


 穏やかな午後の陽射しが入ってくる室内。
 のんびりと過ぎる時間の中で、清良がぼそっと呟いた。
「……バイトしようかな……」
 その言葉に、春斗は勢いよく顔を上げる。
「?春斗、どうかした?」
 眉を顰めたその表情に、清良は首を傾げる。
 何か変な事を言っただろうか?

 すると春斗は相変わらず綺麗な字で書く。
『いきなりどうしたんですか?バイトなんて』
「いや、いきなりっていうか……ほら、一緒に住むようになってから、アタシずっと春斗の世話になりっぱなしだしさ。せめて生活費ぐらいは稼ごうかなと」
「……」

 清良が春斗に誘われて一緒に住むようになってから大体二ヶ月。
 最初の一ヶ月ぐらいは包帯がとれずに通院してたから、働きに出る事は難しかっただろうが。
 でも、清良はずっと考えていた。
 家の中にいても、清良が出来る事は少ない。
 せめて家事がまともにこなせれば、とも思うが、それも失敗ばかりだ。
 だから、自分に出来る事をしたいのだ。
 その結論がバイトで。

「やっぱりコンビニのバイトかな。それともどっかの工場とかの方がいいかな……あ、履歴書とかいるんだよな」
 そう話を進める清良に、春斗は戸惑うような表情だ。
「……春斗?」
 春斗の様子に、清良は怪訝そうな表情をする。
「もしかして……アタシにバイトは無理だとか思ってる?」
 少しだけ不機嫌そうにそう言うと、春斗は首を横に振る。
 そうして突然、清良を抱き締めた。
 流石に抱き締められるのはいい加減慣れてきた清良だが、それでも恥ずかしさは残る。
「……ど、どうしたんだよ……」
 少しだけ頬を染めて清良がそう聞くと、春斗は清良の頬をスッと一撫でしてから言葉を綴る。

『どこにも行かないで下さい』

 その言葉に清良は頭の中が?で一杯になる。
「どこにもって……別にこの家を出るって訳じゃないんだし」

『僕を独りにしないで下さい』

 続けられた言葉に、清良は考え込む。
「……常に傍にいて欲しい、って事……?」
 まさかと思いながら聞いてみると、春斗は頷いた。

『不安なんです。傍に繋ぎ止めておかないと、清良さんも他の人と同じように、僕から離れていってしまうんじゃないかって』

 きっと。
 ずっと独りでいたから。
 寂しいのだと思った。
 大切な誰かと過ごす、幸せな時を知れば、その時間を手放せなくなる。

 事実、清良はもう春斗と知り合う前には戻りたくないと思っている。
 春斗もそれと同じなのだ。
「春斗。アタシにも春斗しかいないよ?春斗がいない生活はもう考えられないくらい」
『それでも。清良さんは外の世界に出れば視野が広がって、交流の輪も増えるでしょう?その内、僕がいなくても平気になるかもしれない』
「春斗っ!……それ以上言うと本気で怒るぞ」
 怒りを目に湛えて春斗を見据えるが、彼は少しも怯まなかった。

『独りはもう嫌なんです。……いえ、本音を言えば、もしかしたら僕はただ自分のエゴで貴女を縛り付けておきたいのかもしれませんね』

 自嘲的な笑みを浮かべる春斗は、酷く儚げで。
 春斗の言葉は全部、他でもない清良に対する強い独占欲の表れだ。
 そう思ったら、清良は何も言えなくなった。

「アタシ、何にも出来ないよ……?」
『傍にいてくれるだけでいいです』
「春斗の重荷になっちゃうかも……」
『清良さん一人くらい、どうってことないです』
「……マジでアタシの事甘やかしすぎ」
『全部僕のエゴですから。気にしなくていいですよ』
「その内鬱陶しいって思っても、遅いからな」
『むしろ鬱陶しいと思える程、甘えてきて下さい』
 そんなやり取りをしている内に、二人はどちらからともなく笑い出した。


 お互いに相手を想って。
 独占したいと思っても、言葉にして伝えなければ分からない。


=Fin=