≪伝わる温もり≫
それはまだ、清良が春斗と一緒に暮らし始めて間もない頃だった。
「なぁ。春斗っていっつも似たような服着てるのな」
清良がふと思った事。
それは春斗の服装についてだった。
「ほら、いっつもタートルネックの服ばっかりじゃん。他のは着ようとか思わねーの?春斗なら、何着ても似合うと思うけど」
そう、清良の指摘通り、春斗は決まって首元が隠れるような服ばかり着ている。
それに今は夏。冬なら寒いから、という理由も分かるが、流石に見ているこちらも暑苦しい。
だが、春斗は困ったような表情で。
その事に清良は首を傾げる。
「何か、理由でもあんの?」
清良のその言葉に、春斗は俯いて少し考えるようにしてから、徐に首元を清良に見えるように晒す。
そこには。
「――っ!」
首筋に沿うように、大きく傷があった。
傷を見て目を瞠り、息を呑んだ清良に春斗は苦笑し、首元を元通り見えないようにする。
『喉の手術痕です。目立つでしょう?』
その言葉に、清良は俯いてしまう。
「それを、隠す為の服装だったんだ……」
『僕自身よりも、家族とか周りが気にするんです。それに、何も知らない人からは好奇の目で見られますしね』
確かに、誰だって傷痕を見れば気になるだろう。
まして、傷痕さえ見なければ春斗は普通に見える。
それこそ、喋れないなどとは誰も思わないだろう。
だが、傷を見れば一目瞭然だ。
それは喋る事ができないというのを、まざまざと見せ付けられているようで。
こういう事は意外に本人は割り切っていても、周りが気にしている事も多い。
「春斗、はさ。やっぱり傷痕を見て、辛いなって思う?」
言い難そうに口篭りながら清良がそう聞くと、春斗はフッと微笑う。
『どうでしょうね。……確かに最初は傷痕を見る度に“どうして自分がこんな目に”って思いもしましたけど』
そうして服の上から傷痕を撫でるように触れた。
『周りも、腫れ物を扱うかのように僕に接して。それが嫌だったから、仕方ないと割り切る事にしました』
だが、言葉の割に春斗は沈んだ表情をしていて。
清良は何だか泣きたくなった。
「……春斗。もう一回見せて」
清良のその言葉に、春斗は頷くと首元を晒す。
「……触れても、いい?」
そう言いながら清良は春斗の首筋に手を伸ばす。
特に抵抗もなく、春斗は触らせてくれた。
そうして清良はゆっくりと傷痕をなぞるように触れる。
「春斗……アタシ、なんて言ったらいいか分からないけど……辛かったら言えよ。力になりたい」
その言葉に春斗は、傷痕に触れている清良の手に自分の手を重ねる。
『ありがとうございます』
そう言葉を綴ると、そっと目を閉じ、口元を緩ませた。
言葉は出なくなったけど。
綴る事はできる。
それに、傷痕に触れる手から伝わる温もりが、今はとても心地いい。
だから。
もう少し、このままで。
そう思って。
=Fin=