≪伝えたい考え≫
春斗はたまに、地元情報雑誌を読む。
グルメや流行、人気のデートスポットから穴場まで、実に様々な情報が手に入れられる。
そうして春斗は、穴場デートスポットに清良を誘うのだが。
恋人同士の甘いムード漂うようなデートは、生憎と清良が最も苦手とするもので。
かといって清良が興味ありそうな人気のデートスポットは、人込みが苦手な春斗にとって、苦痛に他ならない。
だから結局は、外食の時のお店選びに重宝している、というのが現状だ。
その日、何気なくその雑誌を読んでいた清良は、あるページの隅に折り目跡を見つけた。
最初は偶然ページが折れてしまっただけだろうと考えていたのだが。
そのページで紹介されている一軒のお店が目に留まった。
それは個人経営の小さなレストラン。
マンションの一室を使って、こだわりの料理を振舞う、といった感じの。
「……春斗、この店に行きたいのか……?」
清良が気付いたのは“完全予約制”の文字。
しかも、どうやらこのお店は電話予約をするしかないみたいで。
これでは春斗はこのお店に行ってみたくても、行けないだろう。
そもそも、声が出ない事で予約ができないのだから。
一度目印でページの隅を折って。
だが、完全予約制の文字に諦めて折り目を元に戻した。
そんな事が容易く想像できて、清良は少しだけムッとする。
「……こんくらい、アタシに言えばいいのに」
春斗は自分の弱みを清良に見せるような事はあまりしない。
むしろ、何でもないという風に装って隠してしまうタイプだ。
「アタシの事は、思いっきり甘やかそうとするくせに……」
自分ばかりが甘やかされるのは嫌だ。
ただでさえ、春斗の為に自分が出来る事は少ないのだから。
「春斗」
『何ですか、清良さん?』
「ココ。行ってみたいんじゃないの?」
雑誌を突き付けながら、清良は憮然とした表情でそう言う。
『よく分かりましたね』
「だってココの端、折り目の跡があるじゃん。でも電話予約が必要だから諦めたんだろ」
すると春斗は目を瞠り、だが苦笑しながら言う。
『それもありますけどね。でも清良さん、苦手そうだなって思って』
「……アタシ?」
『はい。夜景を眺めながらのディナーなんて、清良さんの苦手なシチュエーションでしょう?』
「そ、れは……そう、だけど……」
先程まで春斗に対してムカついていただけに、清良は彼の指摘に口篭る。
『だから今度、別の所に行きましょう』
春斗のその言葉に、だが清良は強がるように言う。
「たっ……たまになら、付き合ってやっても、いい」
恥ずかしさを堪えながらそう言う清良は、真っ赤な顔で視線を逸らしていて。
春斗は思わず、清良をギュッと抱き締める。
「なっ!?春斗、は、離せ!」
春斗の急な行動と、自身が感じていた恥ずかしさに、清良は反射的にその腕から逃れるように暴れる。
だけど春斗はますます清良を抱き締める腕に力を込めて。
清良はどうしたらいいか分からなくて、取り敢えず暴れるのを止めた。
「……春斗」
取り敢えず清良はそう声を掛けてみる。
顔が火照って、凄く熱い。
心臓も物凄くバクバクいってる。
どんな顔をしていいか分からない。
でも。
これだけは伝えたい。
「……アタシ、さ。前に言ったよね。アタシばっか甘やかされるのは嫌だって。でも結局、春斗に気を遣わせてばっかだった。……ごめん」
清良がそう言って謝ると、春斗の腕が緩んで体が少しだけ離された。
そうして春斗はそっと清良の頬に片手を当て、切なそうに顔を覗き込んできた。
「春斗も、もう少しアタシに対してワガママ言っていいんだよ。……確かに、普通の恋人同士みたいな甘い雰囲気は苦手だけどさ」
そこで一瞬顔を顰めて、清良は続ける。
「春斗の為に、何かしたいって……思うし……」
すると春斗は優しく微笑む。
『僕は、清良さんに我慢を強いる事はしたくないです。だから、気にしなくてもいいですよ』
その言葉に、清良はムッとする。
「我慢とか、そんなんじゃねーよ」
首を傾げる春斗に、清良はあー、とか、うー、とか唸りながら言う。
「苦手なのは、その……アタシにはそういう雰囲気が似合わないってだけで……きっと、甘い感じにはならないだろうなって……でも、春斗がそれでもいいっていうなら……」
すると春斗はパァっと表情を明るくさせる。
『清良さんはそのままでいいですよ。恥ずかしいだけで苦痛でないなら、是非』
「で、でもたまにだぞ!?毎回とかだったら、嫌になるからな!?」
顔を真っ赤にしてそう言う清良に、春斗はニコニコしながら頷く。
その事に清良は更に恥ずかしくなって、プイッと顔を背けた。
言葉にしないと分からない事もある。
それで相手に気を遣わせる事もあるから。
自分の考えは、きちんと伝えよう。
=Fin=