≪伝える動作≫
静良が手話を覚え始めて数ヶ月。
簡単な挨拶などから覚え始め、何とか形になってきた所だ。
そうして、少しずつ覚えた手話で会話の練習をしている。
今日も、春斗が仕事の手を休めた所で、彼の気分転換も兼ねて、手話をする。
「えっと……ちょっと待てよ?赤……じゃない、日曜日?どこ、行く…か?あ、分かった!“日曜日、どこに行きますか?”だろ!」
自信満々に静良がそう言うと、春斗は満面の笑みで頷く。
手話の中には、全く違う言葉でも、一部同じような動作をするものもあって、すぐには分からないのが静良の今の現状だ。
だからどうしても、クイズ感覚になってしまうのだが。
「日曜日か……ええと、こうして、こうして、えっと、こうして……こう!」
『手話をする時は、相手を見て気持ちを伝えるようにやらなければダメですよ?』
「わ、分かってるけどさぁ……どうしても見ちゃうんだよ」
まだ覚えていない単語や、どうしても該当する動作がない言葉に関しては、一文字ずつ表現しなくてはならない。
けれど、五十音に該当する手の形には、似たものも多くて。
静良は思い出しながら、いつも自分の手を見てやってしまうのだ。
『でも、言葉はちゃんと伝わりましたよ。“買い物”ですね』
「そう!良かった、ちゃんと合ってた」
『じゃあ、買い物の手話をやりますね』
そうして春斗は親指と人差し指で輪を両手それぞれに作り、それを交互に前に出す。
「これで買い物?」
『はい。これは、お金の出入りを表しているんです』
「ああ、成程。それで買い物になるんだ」
『では、もう一度』
そうして静良は教わった通りにし、更に付け加えて、両手の人差し指を左右から中央で合わせ、そのまま前に出す。
これで、“買い物に一緒に行こう”という意味になる。
それに対し、春斗は両手の親指と人差し指を開き、中央から左右に引き離す。“もちろん”という意味だ。
「よし、決まりな」
ニッと笑う静良に、春斗も笑みを浮かべる。
『でも、やっぱりまた自分の手を見てましたね』
「ぅ……」
『ちゃんと相手を見てやらないと。こんな風に』
だが、春斗がやろうとするのを、静良は止める。
「いいっ!やらなくていいからっ!」
その事に、春斗は“どうして?”と問うように、左の手のひら下に右の人差し指をくぐらせる。
「どうしてって……どうせいつものやるつもりだろ」
それはある意味、静良が一番初めに覚えてしまった手話。
しかし春斗は首を傾げるように、人差し指を立てて左右に振り、“何?”と問う。
「だから、これだって」
そうして静良は、春斗がやろうとしていたであろう手話を実践する。
相手を人差し指で指し、左手の甲を右手で優しく撫でるように回す。
その意味は、“貴方を愛しています”。
やってから、静良はハッと気付いた。
これではまるで、自分から春斗に告白をしたような形だ。
何かにつけて春斗はコレをやるから、静良ももう自分の手を見なくても出来る。
だから余計に恥ずかしい。
案の定、春斗はニコニコと満面の笑みで。
手の平を胸に当て、交互に上下させて“嬉しい”と表現した。
「や、やりたくてやったんじゃねーよ!そんなに嬉しそうな顔するなっ!」
そう言って静良は真っ赤な顔で暫くそっぽを向いていた。
まだまだ手話の動作は慣れないし、分からないものも多いけれど。
まずは伝えたい言葉から、動作にして。
=Fin=