適当な所で宴会を抜け出して庭に行くと、そこにはきちんと整えられた日本庭園が広がっていた。
暫くそれを眺めていると、不意に誰かに抱き締められる。
「冴さん。待ちました?」
「毅君。……ううん。そんなには」
「やっとまともに冴さんに触れられた……」
「大袈裟ね」
「そんな事ないですよ。冴さんの浴衣姿、すげーそそられる……」
そう言いながら毅は、項に口付ける。
「や……っこんなトコで……」
「痕付けただけですよ。他のヤロー共に冴さんの色っぽい項、見られたくないですからね」
そう言いながら毅は、腕の中で振り向いてきた冴の唇にも少し長めのキスを落とす。
「もう……っ」
「髪、下ろしてて下さいね」
冴の髪はセミロングぐらいの長さで、仕事中はいつも後ろで一つに纏められているのだが、今は風呂上りの為、結い上げられているのだ。
「言われなくても、キスマークなんて付けられたら恥ずかしくてそのままになんかできないわよ」
そう言いながら冴は髪留めを外して髪を下ろす。
その事に満足そうに頷きながら、毅は口を開く。
「……どうしたんですか、冴さん。宴会の席、あんなに離れて座ったりして。それに、ずっと俯いてましたよね」
「あれは、その……」
冴が口篭ると、毅は彼女をギュッと抱き締める腕に力を込める。
「……何かありましたか……?」
その腕の温かさに、冴は先程聞いた話を掻い摘んで話す。
「……あの、ね……?」
「……そういう訳だったんですか……」
毅は考え込むようにそう言うと、溜息を吐く。
「……恋人の存在くらいは、公言しておいた方がよさそうですね」
「ごめんね……?」
「冴さんが謝る事なんかないですよ。早めに手を打っておかなかった俺のミスです」
「でもそれは、私が……」
「冴さん。俺、言いましたよね?“冴さんが俺と付き合う事で嫌がらせ受けて、そのせいで破局って方が嫌だ”って」
確かに、付き合うことになった時、毅はそう言った。
「ありがとう、毅君……」
その事を思い出して、冴は抱き締めてくれる毅に擦り寄るように体を預ける。
暫くそのままでいると、毅は真剣な顔で言ってきた。
「冴さん……今度、絶対一緒に温泉行きましょうね」
「……毅君?」
「冴さんの浴衣姿、ゆっくり堪能させて下さいね?」
「な、何言ってるの、バカ!」
先程まで、ちょっといい雰囲気だったのにと思いつつ、冴は真っ赤な顔でそう怒鳴った。
翌朝は宿を出ると近くの朝市で自由行動だ。
そうしてお昼頃まで楽しんだ後、場所を変えての昼食。その後、帰路に着く事になった。
バスの席で再び冴の隣を陣取った毅は、またまたご機嫌だ。
だが、それを周りの女の子達は快く思わなかったらしい。
バスが出発する前に、何とか毅を自分の隣に招こうと声を掛けてきた。
「ねぇ毅君。行きも帰りも同じ人の隣に座るんじゃなくてさ、私と一緒に座りましょうよ。色々お話もしたいし……」
「何なら、一番後ろの五人掛けの所で、皆でお話しましょうよ〜」
だが毅は、ニッコリと笑って言う。
「申し訳ありませんが俺、もう彼女いるんですよ。なので、どうせなら紀平先輩に仕事の話聞きたいんです。ほら、紀平先輩は俺の教育係ですし?」
毅のその言葉に、女の子達は全員固まり、すぐに慌てて聞く。
「彼女、できたの?入社時はいないって……」
「ええ、そうですよ」
「誰?同じ会社の人?」
「ノーコメントです。詮索されるの、好きじゃないんで。でもスゲー可愛い人で、俺、めちゃくちゃ好きなんですよ、彼女の事」
惚気るようなその言葉に、女の子達は唖然とし、悔しそうに毅の傍から離れていった。
バスが走り出してから、毅はずっと窓の方を見ている冴の顔を覗き込む。
「冴さん?」
だが、呼びかけても冴は振り向こうとしない。
「……照れてます?」
「……っあんな事、言うから……」
「本当の事ですよ?……冴さん、こっち向いて下さい」
「〜〜っ……バカ……」
ようやく毅の方に向いた冴は、案の定真っ赤な顔をしていた。
その事に毅は、嬉しそうに破顔した。
旅は楽しむモノだから。
秘密の関係も、ちょっとした表情の変化も、いい思い出。
=Fin=