≪不安なモノ≫


 冴の会社では、新入社員は三月に数週間の研修を経てから、四月に各部署に配属される。
 昨年の新入社員で注目度ナンバーワンは毅だったが。
 今年は凄く可愛い女の子がいる、と男性社員の間で噂になっていた。
 良くも悪くも、この会社ではルックスがまず注目されるってどうなんだろう、と冴は思うのだが。


 その噂の新入社員が、冴達の部署に配属された。
「本日付けでコチラの部署に配属になりました、澄田香代子(すみたかよこ)です。よろしくお願いします」
 語尾にハートマークか星マークでも付きそうな可愛らしく明るい声に、男性社員は鼻の下を伸ばしている。
 確かに噂になるだけの事はある、と冴は思った。

 童顔で笑顔が可愛くて、守ってあげたくなるような容姿。
 こんなにも可愛い子が入ってきたんじゃ、きっと毅君も……。

 そんな風に途端に心配になって、チラッと毅の方に顔を向けると、意外にも彼だけは顔を顰めていた。
 その事に首を傾げつつも、取り敢えず視線を新入社員達に戻す。

 冴の部署に配属されたのは三人で。
 香代子の教育係に指名されたのは冴だ。
 理由は簡単。
 昨年の毅と同じく、他の社員の“やっかみ”と“口説き”を防ぐ為。
 ただ。
 その事に毅がさらに不機嫌そうな顔になった事に、冴は気が付かなかった。


「今日から貴女に仕事を教える事になった、紀平冴です。初めまして」
「初めまして。よろしくお願いします」
「研修であらかたの事は教わってるでしょうから、今日から教えるのはこの部署特有の仕事内容になるわ。最初はメモを取りながらでもいいけど、早めに覚えて頂戴ね」
「分かりました」
 笑顔で返事もよく、なかなかやる気のある子だと冴が思ったのも束の間。
「紀平先輩。ちょっと質問いいですか?あの人って……」
 そう言って香代子が指し示したのは、他でもない毅だった。
 やっぱり仕事より男?と冴は呆れた。

 本当に、ココの会社に就職する女の子って……。
 仕事しに来たんじゃないの?

「……彼は昨年入社の有藤君よ」
 女の子に、特に香代子のような可愛らしい子に毅を紹介したくはなかったが、今は仕事中。
 それにどのみち、部署内の人間の顔くらいは憶えてもらわないと困る。
 そう思って、一通り全員の名前を言っていこうとしたのだが。
「やっぱり毅先輩で合ってて良かったぁ」
 ホッとしたような表情でそう言う香代子に、冴は固まった。

 毅、先輩……?

「あ、私、彼と同じ大学のサークルの後輩だったんですよ。ココには先輩を追って入社して。どうしても同じ部署になりたかったから、もう嬉しくって! でもスーツ姿だし、大学の頃と髪型変わってるからちょっと本人かどうか自信なかったんですよね」
 ニコニコと笑顔でそう説明する香代子に、冴は平常心を意識して話す。
「そう……。でもここは会社よ。まずは仕事に集中してもらってもいいかしら?プライベートな話をしたいのなら、休憩時間か終業後にね」
「はいっ」
 気を抜くと強張りそうになる顔に無理矢理笑顔を浮べて、冴は少しずつ仕事を教える事にした。


 新人教育をする、といっても冴が抱えている仕事だって勿論ある訳で。
 もう殆ど冴の手を離れているとはいえ、毅の教育係が冴だという事に変わりはない。
 だから毅の仕事は、冴の仕事に関わる事が多くて。
「……紀平先輩。チェックお願いします」
「はい」
 毅が冴の所に来るのは必然だ。
 そこには勿論、香代子もいる訳で。
「毅先輩、お久し振りです」
「……ああ、久し振り」
 そんな親しげな会話を目の前で交わされるだけで、冴は目を逸らしたくなる。
 悲しい事に、どう見たって二人は美男美女で。
 しかもそれが旧知の仲であれば、なおさら不安になる。

 やっぱり歳が近い方がいいんじゃないか、とか。
 可愛い子の方がいいんじゃないか、とか。
 その内、別れ話でも切り出されるんじゃないか、とか。
 もしかしたら、彼女が元カノの可能性だってある、とか。

 考え出したらキリがない。

 その事に冴は、こっそりと溜息を吐いた。