「あの、ね……澄田さんの事、なんだけど……」
「……やっぱり、アイツがなんかやらかしたんですね」
呆れたようにそう言う毅の言葉は、香代子の事をよく知っている、という発言にとれて。
その事にズキズキと胸が痛んだが、冴は思い切って言葉にする。
「ど、どういう関係……だったの……?」
そうは言ったものの、答えを聞くのが怖くて。
冴は俯いたままギュッと目を閉じた。
だが。
「……ぷっ!あははははっ!何だ、嫌だなー。そんな事気にしてたんですか?」
思い切り笑われ、冴はカッと顔が赤くなるのを感じた。
「な……っ!」
キッと毅を睨み付けるが、彼はニヤニヤと嬉しそうな笑みを浮べて。
「ははっ、冴さん可愛いー。ヤキモチ妬いてくれたんですねっ!」
そう言って冴をギュッと抱き締めた。
「ヤキモチだなんて、そんな……」
「安心して下さい。香代とは本当にただの先輩・後輩です」
毅は笑顔で、だが真剣な目でそう言う。
それでも冴は、毅が香代子の事を名前で呼んだ事が引っ掛かって、思わず眉を顰める。
すると毅はそれに気付いて、少し考えてから言った。
「……もしかして、名前で呼んでるのが気に入りませんか?」
「っ……そうじゃ、ないけど……やっぱり、親しかったのかなって……」
「サークルでは皆、お互いに名前で呼び合ってたんですよ。……でも、そうですね。もう社会人なんだし、周りに誤解されても面倒だし、今度からは苗字で呼ぶ事にします。
気付かなくてすみませんでした」
「そんな、毅君が謝る事じゃないわ」
冴は慌ててそう言うが、毅は苦笑しながら言う。
「だって俺もきっと、冴さんの事を名前で呼び捨てにするような男が現れたら、スゲームカつくと思いますもん」
その状況が容易に想像できて、冴も苦笑した。
「で?まだ何か引っ掛かってる事、あるんじゃないんですか?」
見透かしたようにそう言う毅に、冴はドキッとする。
「な、何でそう思うの……」
「だって冴さん、まだ笑顔にならないから」
心配そうな表情でそう言われれば、冴はもう一つの引っ掛かりを口にせざるを得ない。
本当は、言いたくなかった。
もしそれで、毅が自覚したらどうなるか分からないから。
「冴さん?」
促すように声を掛けられて、冴は渋々口にする。
「……最初の日に、彼女が言ってたの……“毅君を追って入社した”って……」
「……」
「彼女、凄く可愛いし……毅君とは最初から親しいし……歳だって」
「冴さん」
言葉を遮るように名前を呼ばれ、冴は俯きかけてた顔を上げる。
するとそこには、少し怒ったような毅の表情があって。
思わず俯こうとした冴の頬を、毅は両手で包んで顔を上げさせ、視線をしっかりと合わせて言った。
「前にも言ったでしょう。俺の一番は冴さんなんです。いい加減自覚して下さい」
真剣な表情でそう言われて、冴は顔を真っ赤にさせる。
「つ、毅君……」
自惚れてもいいのだろうか?
この6歳も年下の彼は、絶対に自分の傍を離れていかないのだと。
「冴さん。貴女を愛してます」
そう言って毅は、未だ戸惑っている冴に深い口付けを落とした。
それから数日。
香代子が目に見えて落ち込んでいるのを不審に思って、冴は声を掛けた。
「何かあった?」
「紀平先輩……それが……毅先輩、もう彼女がいるって……」
「っ……そう」
「もう仲良しサークルじゃないんだし、社会人として接しろって」
その言葉に冴は複雑な心境だ。
恋人の立場としては嬉しいけど。
そこまで冷たくする必要はないんじゃないかなぁ、とも思ってしまうからだ。
「まぁでも……最近ちょっと、他の女の先輩達に目を付けられてきてるなぁとは思ってたから……あんまり親しげに話し掛けるのはよそうかなって」
「……気付いていたの?」
「まぁ。昔から同性に妬まれる事は多少なりともあったんで」
香代子のその言葉に、可愛いっていうのも実は大変なのね、と冴は思う。
「でも、諦めた訳じゃないですから。彼女が出来たのもこの一年の事みたいだし、そのくらいのハンデなら取り戻せる自信、ありますから」
にっこりと笑ってそう言う香代子に、冴は内心で引き攣った笑みを浮べた。
前途多難。
そんな言葉が容易に思い浮かんで。
それでもきっと、乗り越えられる。
不安な事はちゃんと話し合って、お互いの気持ちを確かめ合えば。
=Fin=