冴と毅はお互いに用事が無い限り、金曜の夜はどちらかの家で一緒にご飯を食べて、そのまま泊まる事にしている。
 次の日は休みなのだし、その方が二人きりの時間が増えるからだ。

 だが。
 この日は違っていた。


≪都合の悪いモノ≫


 冴が夕食に何を作ろうか考えていた休憩時間。
 メールを告げる着信音が鳴った。
「誰からかしら……?」
 毅からの着信だけは個別設定してある。
 それは、人前で安易に電話に出たり、メールを開かない為だ。
 けれど、今鳴ったのは通常の着信音で。
 首を傾げながらメールを開いた冴は絶句した。
「っ……!?どういう事よ……」
 届いたメールの内容に、冴は頭を抱えたくなったが、すぐに毅へと連絡する事にした。


 一方の毅は、冴の手料理とお泊りを楽しみに、午後も仕事を頑張っていて。
 切りのいい所で自分も休憩を取って、偶然を装って冴に話しかけようかと考えていた。
 そこに来た、冴からのメールは。
『ごめんなさい。今夜は都合が悪くなっちゃって……。
 土日も、もしかしたらダメかもしれないです』
 といった内容のモノで。
「は……ぁ!?」
 毅のテンションは一気に下がった。
「休憩行ってきます……」
 そうしてそのまま席を立つと、すぐに冴に電話をした。


 毅へのメールを終えた冴は、溜息を吐く。
「もう、何だって急にこんな……」
 すると予想通り毅専用の着信音が鳴って。
 もう一度溜息を吐いてから電話に出る。
「もしもし?」
『さっきの、どういう事ですか』
 半ば落ち込んだような、不満そうな声で聞いてくる毅に、冴は言葉を濁す。
 急な“都合”の内容は、出来れば……というか絶対に毅に知られたくない。
「どういう事も何も……急に都合が悪くなっちゃって」
『俺よりも優先させる都合って何ですか?』
「まぁ、ちょっと、色々と……」
『色々って!?』
「と、とにかく!土日の都合はまた後で連絡するし、今日は絶対に家に来ないでね!」
『ちょ……!?』
 話を強制的に終わらせて、冴は電話を切る。
「毅君には、絶対にバレたらマズいのよね……」
 そう呟いて、冴はもう一度溜息を吐いた。


 通話を一方的に切られた毅はムッとする。
「俺に言えない都合って何だよ……」
 埒が明かないからと、直接顔を見て話す為に休憩室に行こうとした毅だが、運悪く他の部署の女子社員に捕まってしまって。

 その後も冴と話す機会はないばかりか、意図的にこちらを見ようとしない事に気付いて、毅はますます苛立ちを募らせていく。
 そうしてそのまま終業時間を迎えてしまい。
 冴は毅の目の前で、そそくさと帰ってしまった。
 相変わらずの女子社員からのお誘いを丁寧に断り、毅が会社を出た時には、もう冴の姿はどこにもなくて。
 きっともう電車の中だろうと推測できる。
「……絶対に家に来ないで、って事は、家にはいるって事だよな」
 冴との電話での会話を思い返しながら、毅は当然冴の家へと向かう。

 来ないで、って言われて行かない奴がいるか。
 あの慌てよう……絶対に何か隠し事してる。

「俺に言えない都合で、冴さんの隠し事……」
 そう考えて、辿り着いたある結論に、毅は口元をひくつかせる。
「冴さんに限ってまさかとは思うけど……他の男と浮気……?」
 もし本当にそうなら、相手の男を殴るだけじゃ済まないだろう。
 そうして冴本人には。
「冴さんが誰のモノか……ちゃんと本人に自覚させないと」
 そう呟いた毅は、近寄り難い雰囲気を放っていた。