冴の住んでいるアパートまで来た毅は、彼女の部屋の窓を見上げる。
 すると、閉められたカーテンの奥からは明かりが漏れていて。
 冴が部屋にいるという事を示していた。
 それを確認した毅は、急いで冴の部屋のドアの前に立つと、軽く深呼吸をしてからチャイムを鳴らした。

 残念ながら、冴の部屋の合鍵をまだ貰っていないのだ。
 こんな事なら、早めに催促して貰っておくべきだったと思う。

 程なくして、インターフォンに冴が出た。
『はい』
「宅配便です」
『分かりました』
 手っ取り早くドアを開けさせるには、宅配便を装うのが一番簡単だ。
 毅はドアスコープの死角に立ち、冴がドアを開けるのを待つ。
 そうしてドアが開いた瞬間。
 毅はサッとドアに手を掛け、体を中に滑り込ませる。
「っ!?え、つ、毅君!?」
「確認もせずにドアを開けるなんて無用心ですよ、冴さん」
 勿論、冴がドアスコープで相手を確認し、姿が見えない事を不審に思ってチェーンを掛けたままドアを開けていたら、ここまで簡単にはいかなかっただろう。
 まぁその時はその時で大声でも出せば、奥に人がいるのなら何事かと出てくるだろうし。
「ど、どうして来たの!?」
 明らかに動揺し、奥を気にしながら声を抑えてそう言う冴に、毅はサッと足元に視線を巡らせる。
 そこには、普段ならあるハズのない男物の靴があって。
 毅は急速に体が冷えていくのを感じた。

 一人暮らしの冴さんの玄関に、男物の靴。
 それは、つまり。

「……冴さん、相手は誰ですか。やっぱり俺よりも年上?」
「え……?」
「例えどんな男が相手だろうと、冴さんは俺のモノだ!絶対に手放したりなんかしない……っ!」
「ちょ、ちょっと?何を……」
 戸惑う様子の冴に、だが毅は一歩も引く気は無かった。
 だが。

「冴、どうかしたの?」

 そう言った第三者の声は、何故か女性のモノで。
 その事に首を傾げつつそちらを見ると、そこには年配の女性が顔を覗かせていた。
「お母さん!な、何でもないからっ」
「お母さん……?」
 オウム返しのように毅がそう言うと、冴はしまった、といった表情になって。
「あら?冴、もしかして……そこにいるのって、あなたの彼氏?」
「はい、そうです」
「ちょ、毅君!」
 冴に先立って毅が返事をすると、彼女は慌てたように咎める。
 が、時既に遅し。
 冴の母親は満面の笑みを浮かべて玄関までやってきた。
「まぁまぁ、初めまして。冴の母です」
 そうして丁寧に頭を下げる冴の母に、毅も頭を下げながら言う。
「どうも、初めまして。冴さんとお付き合いさせて頂いてる、有藤毅といいます」
「ちょ、ちょっと二人とも、止めてよ」
 慌てたようにそう言う冴に、毅は先程までとは打って変わって、満面の笑みを浮かべた。

「やだなぁ、冴さん。ご両親が来てるなら、ちゃんとそう言ってくれればいいのに」

 そう。
 毅はもう理解していた。
 玄関にあるこの男物の靴が、冴の父親のモノだと言う事を。

 その毅の言葉に、冴は小さく呟いた。
「……だからバレたくなかったのよ……」
 毅の事だ。正直に話していたらいたで、絶対に挨拶すると言って聞かなかっただろう。
 冴としては、両親への挨拶は結婚する時で十分なのだ。
 今挨拶なんかしたら、冴の年が年なのだし、絶対に将来を期待するだろう。
 毅ならきっと、という思いはあるが、もし破局にでもなったら居た堪れない事この上ない事態になりそうで。

「さぁさぁ、こんな所で立ち話もなんだし、上がって上がって」
「はい。お邪魔します」
 まるで我が家のように振舞う母親と、ニコニコと笑顔満面で家に上がる毅の姿に、冴はこっそりと溜息を吐いた。