結局、毅に押し切られる形で、冴は会社近くの居酒屋に連れて来られてしまった。
「じゃ、かんぱーい」
「……何で私が」
「日頃お世話になってるし、奢りますよ?」
「そうじゃなくて」
だが、不満そうな表情の冴の横で、毅はジョッキのビールを一気に飲み干す。
「……くぁー!やっぱ仕事後のビールってうまいっすねー」
「……飲みっぷりいいわねー」
思わず冴が感心すると、毅はニカッと笑って「酒、大好きっすからー」と言った。
「で、先輩って何で結婚しねーんですかー?」
暫く会社の話をして飲んでいると、毅は唐突にそう言った。
「確か昼間も言ってたけど、何でそんな事知りたいの?」
「だって先輩、どう見ても仕事人間ってイメージじゃないですもんー。結婚したくない理由でもあるんですかー?」
「……したいとは思うわよ」
「じゃあ何で?」
聞かれて冴は、考える。
この男はバカにしないだろうか。
私の中にある、どうしても譲れないモノを。
「……結婚てさー。自分のテリトリー内に他人を入れるって事じゃない?」
「……そうっすね」
「だからね?結婚適齢期とか気にして、妥協したくないのよ」
「妥協?」
「そう。周りはどんどん結婚していく。自分もそろそろしないと行き遅れる。でも周りにイイ人がいない。こうなったらお見合いっきゃない!」
ビールの入ったジョッキをテーブルにダンッと置いて。
「お見合いには二種類あるの。親戚とか、近所の人が持ってきたお見合いは、本当にイイ人は多いわよ?」
「まぁ、変な人は紹介しないでしょうしねぇ」
「でもね。結婚相談所に依頼してお見合いする人って、殆どが“結婚できない人”なのよ。自分の容姿棚に上げて、理想ばっか追いかけた人の成れの果て」
「はぁ……」
「勿論中にはイイ人もいるけどね?お見合い結婚が悪いって言ってる訳でもない。実際お見合い結婚で幸せになってる人もいるしね」
「……」
「でも、それはほんの一握りの運のいい人だけなのよ!」
「そ、そうなんすか……」
冴の熱弁に押され気味の毅に構わず、彼女は続ける。
「お見合いを何回もしてるとね。“もうこの人でいっかー”って妥協が生まれちゃうのよ!周りには行き遅れと囁かれ、親には早く結婚しろとせがまれ、世間には結婚適齢期がどうのと言われ!」
「それは……凄いプレッシャーですね」
「でしょ!?でもね、そんな妥協で結婚しても、幸せになんかなれないのよ!」
「確かに」
「この人と結婚してよかった、なんて思える人は本当に一握り。だから熟年離婚とかが流行るのよ!」
「……それは恋愛結婚した夫婦間でも起こりうるんじゃ……」
さり気ない毅の突っ込みを、冴は無視する。
「とにかく!私はお見合いしたら最後、妥協しちゃいそうで嫌なのよ!お見合いなんて、したい人がすればいいんだわ。私は結婚に妥協するくらいなら、一生独身を貫くわ!」
そう言い切った冴に、毅は唖然とする。
その反応を見て、冴はしまったと思う。
自分の中の“譲れないモノ”を話し出すと、どうしても熱弁しちゃって。
周りの反応は、引くかバカにするかだけ。
だけど。
目の前の男は違った。
「……先輩スゲー。そこまで言い切るなんてカッコイー!」
そう言って毅はパチパチと拍手してくる。
「そう、かな……」
初めて返ってくる反応に、冴は戸惑いを隠せない。
だがその直後、毅の口から爆弾発言がなされた。
「いやー本当。俺、惚れ直しちゃいました」
「……は?」
「だから、惚れ直しちゃったんですよー。やっぱり先輩ってイイ女ですね」
「ななな何言って……」
「先輩って、今フリーなんですよね?」
「そ、だけど……」
「じゃあ、俺と付き合いません?」
「何でそうなるの!?」
冴がそう言うと、毅は真剣な表情で言う。
「俺が冴さんの事、好きだから」
「!」
ニコッと笑う毅に、冴は顔を真っ赤にする。
「年上をからか……」
「からかってなんかないよ」
言おうとしていた事を素早く否定され、冴はどうしていいか分からない。
「俺は、真面目に仕事する冴さんに惚れたんです。公私混同しない冴さんに」
だってそれは。
周りの女子社員の視線が……。
「冴さん知らないでしょ。冴さんがちょっと席外すと、仕事中だってのに、女子社員の皆さんが何かしら俺に接触してきてたの」
「そうなの?」
それは気付かなかった。
退社時間だけじゃなかったんだ……。
「だからね?俺は仕事キチッとやる冴さんが好きなんです」
「でも、それは……」
ただ単に、自分に興味を示さない私が物珍しいだけなんじゃないの?
そんな冴の心を見透かしたかのように、毅は口を開く。
「……最初はただの好奇心でした。俺は自分で言うのもなんだけど、モテる自覚があったから」
「……自意識過剰」
「ははっ、そうかもしれませんね。でも、傍で見てる内に、可愛いなって」
「はぁ!?……私なんて可愛くないわよ?」
赤面して慌てる冴に、毅はキッパリと言う。
「可愛いです。パソコンの画面と睨めっこしながら、一生懸命数字打ち込んでるトコは特に。失敗すると一瞬泣きそうになるトコも」
「え、私そんな顔してるっ?」
「してますよー。自覚なかったんですか?」
ううっ。
それは自覚なかった。
確かに泣きたくはなるけど……。
「俺にだって譲れないモノくらいあるんですから」
「な、何?」
「冴さんの事です」
「?」
「俺はもう冴さんの事好きなので、後はもう冴さん、俺の事好きになって下さい」
その言葉に、冴は今までで一番真っ赤になる。
「あ、有藤君」
「毅って呼んでくれませんか?」
サラリと訂正され、冴は言葉に詰まる。
「冴さん?」
「……私は、まだ貴方の事を好きになるか分からない。だから、呼ばない」
「じゃあ。俺の事好きになったら呼んでくれますか?」
「っ……はい」
すると毅は、満面の笑顔になった。
後日。
「冴さん。俺の事、まだ好きになりませんか?」
仕事中、こそっと周りに聞こえないように毅はしょっちゅう聞いてくる。
「っ……今仕事中……!」
取り敢えず、公私混同はしない。
でも。
いい加減、譲ってあげてもいいかなって思う。
それは妥協じゃなくて。
私も貴方が、好きだから。
だから。
お仕事が終わってからね?
そうしたら、飛び切りの笑顔で呼んであげるから。
「毅」
=Fin=