≪楽しむモノ≫
よく晴れたある平日、冴と毅は朝からバスに揺られていた。
今日は冴の部署の社員旅行だ。
「楽しみですね、温泉」
「貴方の場合、美味しい地酒でしょ?」
「あ、バレました?」
ちゃっかりと冴の隣の席を陣取った毅は、ご機嫌だ。
「私はこの後の牧場体験が楽しみね」
今回の社員旅行は、まず牧場体験だ。
バター作りや乗馬などを体験し、お昼はバーベキューをする。
「牧場かぁ……牧場ビールあるといいなぁ……」
「牧場でビール?」
「牧場オリジナルのビールを売ってる所もありますからね」
「フフッ……本当にお酒の事ばっかり」
そうして牧場に着いて。
すると毅はたちまち女性陣に囲まれてしまった。
その事に冴は少なからずムッとするが、すぐに仕方ないと諦める。
こうなる事は予想していた事だ。
着いたのが丁度お昼頃だった為、バーベキューをして。
その後の自由時間で、冴は一人で牧場体験を楽しむ事にする。
が。
「……」
「奇遇ですね」
毅はさり気なさを装って、冴の牧場体験に付いてきた。
しかも女の子を引き連れたまま。
冴が最初に来たのはバター作り。
作ったその場でクラッカーにつけて食べられるのだ。
だがそれが意外に体力がいる。
「腕痛い……」
単純に容器を振る作業なのだが、それがかなり疲れるのだ。
そうして、ちょっと選んだのは失敗だったかな?と思い始めた頃。
「冴さん。貸して下さい」
毅がこっそり冴の隣に来て、小声でそう言った。
「え、でも……」
「今なら皆、自分の分に夢中でこっちなんて見てないですから。冴さん、その様子じゃいつまで経っても食べれませんよ」
「……っ……どうせ体力ないわよ……」
そう言いながら、冴はもう既に出来上がっている毅の分と交換する。
「やっぱり男の人だと体力あるからすぐに出来ちゃうのね」
「そうですね。冴さんはもう少し体力を付けてくれると、俺も嬉しいんですけど」
その言葉に冴は首を傾げるが、すぐに意味を理解して顔を真っ赤にさせる。
「何言ってるのよ、バカ」
「冴さん、顔真っ赤。……はい、出来ましたよ。俺と冴さんの共同制作」
そう言って、毅はまた容器を交換する。
「ちょっとでも自分で作ったモノの方がいいでしょう?」
「……ありがとう」
出来上がったバターは特別美味しい気がした。
そうして次は羊毛でのマスコット作りの体験だ。
流石にこれには毅は着いて来ないだろうと思っていたのだが。
今度は女の子達に引っ張られてきたのか、その場にいた。
羊毛をモールに巻き付けて、簡単な羊のマスコットを作る。
「冴さん。後で交換しましょうね」
そう言った毅のマスコットは不恰好だがそれなりに愛嬌があった。
その他にも糸紡ぎ体験をして。
紡いだ糸は貰えたので、今度毅に何か編んであげようとか密かに思ってみたりして。
他にも触れ合いコーナーなど、それなりに牧場を楽しんだ所で、宿に行く為のバスの乗車時間になった。
「冴さん。俺の紡いだ毛糸あげますから、冬にでも何か編んでくれると嬉しいなぁって思うんですけど……ダメですか?」
「心配しなくてもそのつもりだから安心して?ただ……出来栄えは期待しないでね?」
「冴さんが作ってくれるんなら、喜んで身に着けますよ」
「ありがと」
バスが宿に着くまでの間、冴と毅はそんな事を話しながら過ごした。