それは秋の終わり頃。
 少し前に十六の誕生日を迎えたばかりの幸花が、突然姿を消した。
 いや、この表現は適切ではないだろう。
 正しくは、何者かに連れ去られた可能性が高い、だ。
 そしてそれは恐らく、向日の者に。


≪precious≫


 その日の始まりは、いつもと変わらなかった。
 龍矢が先に家を出て。
 だが、朝のSHRが終わった後。

「龍矢。欠席連絡はちゃんと言えよ」
「欠席連絡?何の事だ」
「おいおい。向井の事だよ」
「……幸花?幸花が、どうかしたのか?」
「何言ってんだ。一緒に住んでるんだろう?休みなら休みって……」
「休みって……幸花が?」
「他に誰がいるんだよ」
「来て、ないのか……?」
「……龍矢?」

 担任である直樹の言葉に、龍矢は血の気が引くのを感じた。
 幸花が、学校に来ていない。

 その事に龍矢は慌てて幸花の携帯に電話をするが、電源が切られているらしく、試しに家に電話しても誰も出ない。

 幸花は学校をサボったり、まして黙っていなくなるなんて事はありえない。
 そうなると、考えられるのは一つだけだ。

「悪い。俺のクラス自習」
「は?ちょ、オイ!?」
 龍矢はそう告げると、直樹が止めるのも聞かずに、学校を飛び出した。


 龍矢が幸花を引き取ってから一年と少し。
 それなのに、何故今更になって幸花が連れ去られるのだろうか?

 勿論、全く危惧していなかった訳じゃない。
 だが、その動機が不明だった。

 とにかく、相手は向日コーポレーションという大企業。下手に動けば幸花を取り戻せなくなる。
 龍矢は打開策を得る為、絹川弁護士に連絡を取った。