その頃、幸花は向日の経営する高級ホテルの一室にいた。
「……一体どういうおつもりですか」
幸花は目の前に立っている女性を睨み付けながらそう言う。
彼女は幸花の母の従姉に当たる人で、幸花を最初に引き取った人の姉だ。
確か今は結婚して、向日の家からは出ているハズだが。
彼女は蠱惑的な笑みを浮かべると、幸花に向って言う。
「やぁねぇ、そんな目しちゃって……貴女に縁談を持ってきてあげたのよ」
「縁、談……?」
「そう、私の息子と。今年で27なんだけど、今IT企業の社長をしてるの。『@Home Life』って聞いた事ないかしら?悪い話じゃないでしょ?」
27。龍矢さんと同じ歳の人……。
「……お断りします」
「あら。貴女に拒否権はないわ」
「……未成年の婚姻には保護者の同意が必要なハズです。後見人の龍矢さんが黙ってないですよ」
相手のペースに飲まれたらダメだ。
幸花はそう思って強気の態度で臨む。
だが。
「それなら心配いらないわ。今、後見人を私に移し変えさせているから」
「!」
同じだ。
自分から全てを奪った、あの時と。
「……訴えますよ」
「その前に、そんな事できないようにしてあげるわ。教師生命なんて、簡単に終わらせられるのよ?」
クスクスと笑う目の前の女性は、罪悪感など全く感じてないような表情で。
「そんな……」
「まぁ、そこはあなたの今後の身の振り方次第で決めさせてもらうけれど」
「……っ」
悔しかった。
だが今の幸花は、対抗する為の手段も、知識も持ち合わせていない。
「……分かりました」
最悪、これで龍矢の事は守れるだろう。
そう思って幸花は頷くしかなかった。
「そう。いい子ね。着替えは奥に用意してあるから」
そう言って彼女は出て行った。
部屋の中に一人残された幸花は、その場で泣き崩れる。
「……っ龍矢さん……ごめんなさい……っ」
向日という大きな権力の前に幸花はどうする事もできず、ただ顔を手に埋めて泣く事しかできなかった。
携帯は取り上げられ、ご丁寧に部屋に通常設置してあるハズの電話も見当たらない。
部屋の外には、幸花が逃げられないように見張りもいる。
連絡手段を絶たれ、逃げ出す事もできず、大好きな人まで盾にとられて。
きっと、やるとなったら龍矢は社会的に抹殺される事になるだろう。
それも確実に。
自分がこの話を受ける事で、龍矢を守れるなら……。
それしかできない自分が、幸花はたまらなく嫌だった。
「……龍矢さん……助けて……」
助けなど間に合うはずはないと分かっていても、どうしてもそう口に出さずにはいられなかった。