≪Game is over.≫


 学際は十月の後半。
 その最終日に一緒に学内を回る事になった。
 丁度、陽平の設定した目標期限ギリギリだ。
「さて……勝つか負けるか……」
 最後の勝負。


 学際の最終日当日、真雪は友達と一緒に待ち合わせ場所に来た。
 誰かと思ったら、サークルでも一緒の子だった。
「今日はよろしくお願いしま〜す!」
「よろしくお願いします」
「よろしく。じゃあ行こうか」
 そうして三人で一緒に歩き出す。

「……本当に賑やかですね」
「そうだね。だから言っただろ?賑やかだって。真雪さんはこういう雰囲気は苦手?」
 陽平が真雪を名前で呼ぶと、傍にいた彼女の友達が驚きに目を瞠ったのが分かった。
 さあ、彼女はどう出るか。

 案の定、真雪がサークルの出し物に夢中になっている時に、こそっと聞かれた。
「あのぅ……真雪の事、なんですけど。名前で呼んでるんですか……?」
「うん。彼女にも許可は貰ったし。何か、いけなかったかな……?」
「いえいえ!あの子、あの通り男の人苦手だから……先輩は真雪の事……?」
「……いい子だと思うよ。可愛いし。だから……少し協力してくれると嬉しいんだけど?」
「う〜ん……先輩なら、任せてもいい、かな。協力しますよ!」
 予想通りの展開に、陽平はほくそ笑む。
 ゲームクリアは目前だ。


 人込みの多い所で、打ち合わせ通り彼女は消えてくれた。
「あれ……はぐれちゃったかな……?」
 ワザとそう言うと、真雪も気付いた。
「え……?今までいたのに……」
「探す?多分、この人込みではぐれちゃったんだよ。電話してみれば?」
「あ、はい」
 そうして真雪はすぐに電話で連絡を取るが。

「……どうだった?彼女、どこにいるって?」
「それが……別の友達に会ったから、二人で回れって……」
「二人で?俺と真雪さんの?」
「はい……」
 真っ赤になって俯く真雪の頬に、陽平は片手を添える。
「じゃあ……二人で回る……?」
「ぅあ……はい」
 先程よりも、更に顔を真っ赤にさせる真雪に、またもあの強く脈打つ感覚がした。

 ――何だ、これは。何が起こっている?

「陽平先輩……?」
「……何でもないよ。行こうか?」
 悟られないようにニッコリと笑って真雪を促す。

 今はゲームに集中する時だ。
 訳の分からない感覚に気持ちを割く余裕はない。


 最終日は後夜祭として、キャンプファイヤーが行われて終了する。
 人々がグラウンドに集まる中、陽平は真雪を連れて、中心より少し離れた場所に行く。
「あの、陽平先輩?中心には行かないんですか?」
「……少し話があるんだけど、いい?」
「は、い……」
 グランドを見下ろせる位置にあるベンチに座って、陽平は早速切り出す。

「あの、さ……俺、真雪さんの事が好きみたいなんだ」

「え……?」
 その時の真雪の表情は。
 驚いた、というよりはむしろ、怯えた、という表現が正しい物で。
 何故だかその事に陽平は愕然とした。

 ゲームに負けたと感じたからじゃない。
 怯えられた事そのものがショックだった。

「……っ迷惑、だったかな……」
「あ、いえ。その……」
 そう言いつつも、真雪は微かに震えている。
「……ごめん、忘れて……」
 何も考えが纏まらないまま、陽平は立ち上がってその場を去ろうとする。

 何でこんなにもショックなんだ?
 今までだって、堕とせなかった女は何人かいる。
 その時は、もっとあっさりとした感情だった。
 どうしてだ、俺。

 このまま終わりたくないって思ってるなんて――!

 だけど、震える真雪には触れる事すら躊躇われて。
 自分が離れる事が最善だと思えた。
 だが。
「あ、の……行かないで、下さい……」
 服の端を少しだけ掴んで、真雪は陽平を引き止めた。
 それだけで陽平は、何だか救われた気持ちになった。
「私、男の人が怖いんです……でも、陽平先輩に嫌われたくないです……!」
「……話を、聞いてもいい?」
「はい……」
 真雪はぽつぽつと話してくれた。

 高校の時、通学中の電車で度々痴漢にあった事。
 人づてに呼び出されて告白され、断ったらそのまま襲われそうになった事。
 色々な事が重なって、一時期は外出できない程だった事。
 それ以来、男性恐怖症になってしまった事。

 それを聞いて、陽平は頭に血が上るのを感じた。
「痴漢はいつも、友達に助けてもらってたんです。告白を断った人に襲われそうになった時も、近くを通りかかった人が助けてくれて。でも……」
「……俺の告白で、思い出しちゃったんだね……」
「あの、でも……陽平先輩はいつも優しくて、だから私も……好きだなぁって……」
 そう言って真っ赤になって俯く真雪を、抱き締めたい衝動に駆られる。

 でも。
 自分にはその資格がない。

「……俺は、真雪が思うような、優しい人間じゃないよ……」
「え……」

 今すぐ真雪を抱き締めたい。
 でもその前に、言わなきゃいけない。
 騙したまま、彼女を手に入れる事なんてできない。
 そんなの、彼女を傷つけた男達と変わらない。

「ゲームを、してたんだ。君を、半年で堕とせるかどうか」
「……ゲーム……?」
 彼女の顔色が変わった。信じられないといった表情をしている。
「今まで君が見てきた俺は、全部嘘。優しい先輩のフリして、君に近付いた」
「う、そ……」
「……俺は愛なんて信じてない。今までだって、男に堕ちそうにない女を狙って、ゲーム感覚で近付いて……手に入れたらすぐに捨てた」
 真雪はもう泣きそうになって、首を横に振っていた。
「君にも、そうするつもりだった」
「聞きたくありません……!どうしてそんな事言うんですか?私は……!」

「俺は両親に捨てられたんだ」

「え……?」
「俺の両親は、俺が物心付く時にはもう離婚の話をしていて。どっちが俺を引き取るかで揉めていた。……二人とも、俺を相手に押し付けあってた」
「そんな……」
「……俺は結局、母親の両親に預けられた。それ以来俺は、愛なんてこの世に存在しないって思ってる」
「……」

「だってそうだろ?本当に愛なんてモンがこの世にあるなら、両親は離婚なんてしなかった。俺は捨てられなかった。だから……俺の存在理由は、この世に愛がない事の証明のハズだったんだ」

 真雪は黙って、陽平の腕をギュッと掴んだ。
「……そんなの、哀しすぎます」
「真雪……」
「哀しすぎますよ……そんなのが自分の存在理由だなんて、陽平先輩が可哀想です……」
 そう言って涙を流す真雪に、陽平はそっと指で触れる。
「……俺はね、真雪。ゲームの事を悪友以外に話した事はないし、まして、自分の過去は悪友にも話した事がないんだ。この意味が分かる……?」
 真雪の涙を指で拭いながら、陽平は問いかける。
「意味……?」
「真雪には、俺の全部を知ってもらいたいって思った。全部知って、それでももし真雪が俺を選んでくれるならって……そうすれば、真雪が俺の存在理由になる」

 あの強く脈打つ感覚は。
 真雪を本気で手に入れたいと思う事の表れだ。
 そう……信じる。

「真雪?返事を、聞かせて?」
「……陽平先輩の、存在理由にさせて下さい。だって、先輩は私が唯一、家族以外で安心できる男の人だから」
 そう言って真雪は、ふわっと笑った。
「真雪……ありがとう」
 陽平は嬉しくて、真雪をギュッと抱き締める。


 大切だと思える人を手に入れた。
 彼女と一緒に、新しいスタートを切りたいと思う。

 だから――Game is over.


=Fin=