≪人選ミス≫


 残り一ヶ月を切る頃に、真雪はようやく陽平と普通に話せるようになった。

 まさかこんなにかかるなんて。人見知りが激しいにも程があるんじゃないか!?

「渡塚先輩。大学の学際って、どんな感じなんですか?」
「うーん……一言で言うなら、賑やか?」
「答えになってませんよ?」
「ゴメン、ゴメン。でも、雰囲気は毎回バカ騒ぎしてるって感じだね」
「バカ騒ぎ……ですか?」
「うん、そう。一般の人も来るし、芸能人とかを招いた特別ステージとかあるし」
「芸能人……」
「そこそこしか名前を知られていない芸人が主だけどね。たまに有名な俳優とかが来る事もあるよ」
「……凄いですね」
 あまり実感できないのか、真雪の反応はイマイチだ。
 それとも芸能人はあんまり好きじゃないのか。
 情報収集の面でも、真雪はあまり自分を出そうとしないから、困難といえる。
「ところで……細さんだけだね。俺の事を“渡塚先輩”って呼ぶの」
「そ、そうですか……っ?」
 それだけで動揺する真雪に、陽平は内心チッと舌打ちする。
「陽平でいいよ。……それに、もし嫌じゃなければ、“真雪さん”って呼んでもいいかな?」

 期限まで残り一ヶ月。そろそろ動き出さないと、目標クリアは難しい。
 このタイミングで切り出すのは一か八かの賭けだが、悠長な事も言ってられない。

「え…っと……ハイ」
 小さな声で返事する真雪は顔が真っ赤だ。
 その表情に、陽平の中で何かがドクンと脈打った。

 ――何だ、今の。

 僅かに自分の中で動いた“何か”を、陽平は黙殺する事にした。
「……じゃあ真雪さん。学際は一緒に行動する?色々と案内もできるだろうし」
「えっ……いえっ、でも……友達と……」
「なら、お友達も一緒でも構わないよ?」

 もうここまできたら、堕とす為には少しでも一緒にいる事が大事になってくる。
 警戒心は薄れさせたし、真雪の友達だって、彼女が男から名前を呼ばれているというのを知れば、お節介でお膳立てするかもしれない。

「じゃあ……お願いして、いいですか……?」
 恐る恐るといった感じで上目使いに見つめてくる真雪に、またも何かがドクンと強く脈打つ。

 一体何なんだ、これは。

 自分の中で起こる初めての感覚に、陽平は戸惑う。
 だが、それを一切表に出さずに陽平は話を続ける。
「うん。じゃあ学際は真雪さんとお友達と、一緒に回ろうか。もしかしたら、俺の方も友達が一緒かもしれないけど」
 そう言うと真雪は、一瞬ビクッと肩を震わせ、不安そうな表情をする。
「……まぁ、知らない人物が一緒だと、楽しめないかもしれないね。俺は平気だけど……真雪さんは苦手だよね?」
「えと……その……」
 指摘されて困惑する真雪に、陽平は安心させるように優しく言う。
「正直に言ってくれて構わないよ。無理をされるより、よっぽどいい」
「……すみません……」
「謝る事じゃないよ。誰にだって苦手な事や物はあるから。ね?」
 ニッコリと微笑んでやると、真雪はホッとしたような笑顔になる。
「じゃあ、約束だよ?」
「はい」
 学際を一緒に回る約束を取り付けて、陽平はほくそ笑んだ。


 親友達との飲み会があって、その時に陽平は自分の中で起こった感覚の事をそれとなく話に出す。
「……おっ前、それって恋じゃね?」
「……ハァ?」
「俺もそう思う。……てか、初恋じゃね?」
「馬鹿言え。俺はそもそも、愛だの恋だのってモンは信じてねぇんだ。今はゲームの途中だぜ?本気になるなんて、それこそ有り得ないね」
 鼻でせせら笑って意見を一蹴する陽平に、親友達はなおも言う。
「わかんねぇって。ほら、お前今回の期間いつもより長いだろ?だから愛着が湧いたっつーか」
「そうそう。長い事一緒にいて、情が移ったんだよ」
「ハッ!いいか?愛なんてもん、この世にあるわきゃねーんだ。一番それを信じてない俺が、誰かに情を移す?バッカじゃねーの」

 そう、この世に愛なんてあるわけない。
 じゃなきゃ……俺の存在は……。

「陽平?」
 名前を呼ばれて、陽平はハッとする。
「……ああ、悪ィ」

 悪い考えに捕らわれかけた。
 “あの”答えはもうとっくに出ているじゃないか。

 愛なんてこの世に存在しないという結論として。

「……あーあ。お前らに聞いたのがそもそもの間違いだよ。人選ミス」
「ヒデェ!」
「何だよ、聞いたのそっちじゃんかよー」


 そう。思えばこれは人選ミスだったんだ。
 細真雪をゲームの相手として選んだのは。