≪一生かけて償って≫
どのくらいの時間が経っただろうか。
一葉が床に座り込んだまま、ウトウトと浅い眠りに引き込まれかけた時だった。
『一葉ちゃん……まだ起きてる?』
洋一の声に、一気に現実に引き戻される。
だが一葉は何も答えなかった。
このまま無視していれば、寝ていると思って諦めるだろうと思った。
だが。
『……入るよ?』
「やめて!」
思わず反応してしまい、しまったと思った。
『……起きてるんだね。そのままでいいから、話を聞いて?』
「嫌。聞きたくない……」
そう言うが、洋一は構わず話し始めた。
『黙ってた事については、ゴメン。謝るよ。でもね……一葉ちゃんは俺の事、嫌ってたろ……?』
だが一葉は膝を抱えて俯き、黙ったまま何も言わない。
それでも洋一は話を続ける。
『最初は“イチ”の事を話しても、どうせ知らないだろうから、話しても話さなくても同じかなって。でも、一葉ちゃんが“イチ”の……俺のファンだって知って、絶対に話さない事に決めたんだ』
「……」
『大好きな“イチ”が、大嫌いな俺だって知ったら、幻滅するし、傷付くだろ?現に今、一葉ちゃんはこうして塞ぎ込んでる』
そうして暫く洋一は黙る。
再び口を開くと、洋一は何かを決意したように言った。
『せめてもの罪滅ぼしに、俺はこの家を出るよ。一生、一葉ちゃんの目に触れないように生きていく』
その言葉に、一葉はバッと顔を上げ、食い入るように部屋のドアを見つめる。
その向こうにいる、洋一の姿を見るように。
『じゃあね、一葉ちゃん。さよなら』
そう言った洋一が、部屋の前からいなくなる気配がする。
一葉は弾かれたように部屋から出ると、洋一を呼び止めた。
「待って……」
「一葉ちゃん……」
廊下が暗くて、洋一の表情は分からない。
「勝手な事、言わないで……私は、私が傷付いたのは……」
確かにショックだった。
多少の幻滅もした。
でも、そうじゃない。
本当に傷付いたのは。
「“イチ”の正体を知った事よりも、本当の事を話してくれなかった事なの」
「え……?」
「ちゃんと話して欲しかった。……確かに、全く傷付かないって言ったら嘘になるけど、黙っていられる方が嫌」
「でも、一葉ちゃんは俺の事……」
「嫌ってなんかないよ?だって……」
一葉はそこで一旦言葉を切ると、深呼吸してから続ける。
「私、一目惚れだったの。ママに見せてもらった写真で」
「……写真……」
「爽やかでカッコイイ、好青年って感じ。100%私の好みのタイプで。……でも、実際に会ったら180度正反対。誰だって、幻滅するでしょ」
「……ごめん」
「怒鳴ってたのは、嫌ってた訳じゃなくて、少しでも写真で見た姿に近付いて欲しかったから。どうしてか私、幻滅しきれなかったの。じゃなきゃ相手にすらしない」
「……」
一葉は洋一に近付くと、ギュッと服の裾を掴む。
「……どうしても罪滅ぼしするって言うなら、出てくなんて言わないで……傍にいて、一生かけて償ってよ」
「……どうやって?」
フワッと抱き締められるような感覚に、一葉は素直に身を委ねる。
「……タバコは自分の部屋だけにして」
「……うん」
「無精髭も、剃ってくれると嬉しい」
「……うん」
「服も……せめて外に出る時くらい、ちゃんと着て?」
「……分かった。他には?」
「他?……えっと……洋一さんって、呼んでいい?」
すると洋一は、唐突に話し始めた。
「俺ね……この格好、ワザとなんだ」
「……は?」
「俺も親父に写真見せてもらって、一目惚れしたんだ」
「……え」
「でも、妹になる子だから、諦めようと思った。少しでも長く傍にいたかったから一緒に暮らす事を選んだけど、お兄ちゃんって呼ばれたくなくて。そう呼ばれるくらいなら、嫌われようと思ったんだ」
「……それで、正反対の格好?」
「女の子は、大体だらしない男は嫌いだろ?」
中にはそういう人が好みと言う人もいるだろうが、確かに一葉の年代では特にそうだろう。
「……でも、それ分かる気がする。他の人の前では言えても、本人に面と向かってお兄ちゃんって、言いたくなかった。認めちゃったら、諦めなきゃいけない気がして……呼ばなくていいように、自分から話しかけないようにしてた」
「俺達、同じ事考えてたんだな」
「本当だね」
そう言って二人はクスクス笑う。
「……あ。義兄妹って、結婚できたっけ?」
「け、結婚!?何で急にそこまで飛躍するんですか!?」
「え、だって大事な事だろ?“一生かけて償って”って言ったじゃないか」
真面目な顔で、でも笑ってそう言う洋一に、一葉も笑顔で言う。
「うん。一生かけて償って、私を幸せにして?」
「了解。一生かけて幸せにするよ、一葉」
一生をかけて、お互い幸せになろう?
=Fin=