祭雅家の三兄弟の中には、ちょっと変わり者の次男がいました。
殆ど部屋から出てくる事もなく、極端に人と関わろうとしない気難し屋。
そんな彼に訪れた変化は――。
≪次男:文の場合≫
本橋つづりは祭雅家で働くメイドだ。
といっても、働き始めたのはつい最近で。
つづりはまだ、祭雅家の人間の誰とも顔を合わせたことはない。
何故なら。
祭雅家の現当主やその奥方は今海外だし、長男や三男は多忙らしく、時々しか家に帰って来ない。
唯一家にいる次男も、部屋から出てくる事はないからだ。
住み込みで働かせてもらっているが、まさかここまで家の住人と顔を合わせる事がないとは思ってもみなかった。
けれど、主がいなくても仕事はある。
昔から芸術・芸能関係者を多数輩出しているだけあって、立派な屋敷はとても広い。
洋風な造りの母屋に、和風の離れ。
その他に使用人達の住み込み用の建物まであるのだから。
掃除や洗濯の他にも調度品の手入れや庭の水撒きなど、仕事を数え上げればキリがない。
それを数十名の使用人達が手分けをしてやっているのだ。
「ちょっと、本橋さん!いつまでそんな所の掃除をしてるの!?」
「は、はいっ!すみませんっ!」
「貴女がさっさとやらないと、こっちにまで迷惑が掛かるのよ!」
「すみませんっ」
まだまだ新人のつづりは、よく先輩達にそう怒鳴られている。
覚える事は山程あるのに、要領良くテキパキと動く事ができないからだ。
どうやら新人だから、という甘えは通用しないらしい。
……という風につづりは思っているのだが。
実際には、傍から見ればただの新人いびりだ。
最初から要領良く出来る人なんていないのだから。
その事に、鈍感なつづりは気付いていなかったが。
そんなある日。
「本橋さん。ちょっといいかしら?」
「は、はいっ。何でしょうか……?」
突然メイド長の紅に呼ばれて、つづりは不安になる。
大きな失敗をした覚えはないが、普段からあれだけ役に立っていないのだから、クビという事も有り得るかもしれない……。
そう思って緊張していたが、紅はニッコリと微笑んで言う。
「そんなに不安そうな顔をしなくてもいいわ。実は貴女に、頼みたいお仕事があるのよ」
「私に、ですか……?」
「ええ」
そうして言われた仕事内容に、つづりは一瞬、自分の耳を疑った。
「今日から一週間、貴女には文様のお世話係をして欲しいの」
「……え……?」
文様。
それは他でもない、祭雅家の次男に当たる人物の名前で。
ペットの世話係ならまだ分かるが、よりにもよって、雇い主の息子の世話係など――。
「む、無理ですっ!私にはそんな大それた仕事、出来ませんっ」
つづりは慌てて断るが、紅はやんわりとそれを嗜めた。
「それはやってみなければ分からないでしょう?やる前から出来ないなんて、諦めてはダメよ?」
「で、でも……」
「大丈夫。そんなに難しい事ではないわ。世話係と言っても、お食事を運んだり、お部屋を簡単に掃除したりするだけだから」
「ですが……文様はとても気難しいお方だと……」
つづりがそう言うと、紅は困ったような顔をする。
「確かに気難しい方ではあるけど……でも、他に頼める人がいないのよ」
「どうして、ですか……?」
「実は実家の方でちょっとあって、お休みを取る事になったの」
「紅さんが、ですか……?」
「ええ。そういう事は今までも何度かあって……他の子達は文様と合わなかったのよ」
つまり紅が言うには。
普段文の世話係を担当している紅が休みを取る度に、他の者が世話係を担当するのだが。
毎回、気難しい性格の文の機嫌を損ねてしまうらしい。
そうして、まだ文の世話係を担当していないのはつづりしかいなくて。
だから、という事らしい。
「一日や二日ぐらいなら、他の子もやってくれるんだけど、流石に一週間ともなると……」
「で、でも私が文様の機嫌を損ねてしまう可能性だって……」
つづりはそう言うが、紅は引き下がらない。
「それはここで働くメイド全員が経験した事よ。だからお願い、本橋さん」
「紅さん……」
そう言われてしまえば、つづりだけが断る訳にもいかなくて。
「わかり……ました」
「ありがとう。助かるわ」
つづりが承諾すると、紅はホッとしたような笑みを浮かべた。