祭雅家の三兄弟の中には、二つの面を持つ三男がいました。
 アイドルとして活動しながら、けれど普段は全く気付かれない大学生。
 そんな彼に訪れた変化は――。


≪三男:明の場合≫


 祭雅明はアイドルだ。
 明のローマ字読みをアナグラムにして、RAIKA(ライカ)と名乗っている。
 けれど、明は自分から望んでアイドルになった訳ではない。


「ライカ、言っておいた詞は出来た?」
「茅姉。……出来たけどさぁ。こういうの、もう本当に止めてよ。言葉を考えるのはどっちかっていうと文兄の得意分野じゃんかー」
「仕事の時は社長。でしょ?」
「……はーい」
 明が今いるのは、彼の所属芸能プロダクション・クレヴァリーの社長室。
 社長の茅とは従姉弟同士だ。
 明がアイドルになったのは、この茅による所が大きい。

 そもそも明には、年の離れた兄が二人いる。
 すぐ上の次兄・文と4歳も離れているのに、さらにその上の長兄・彩とは実に10歳も離れているのだ。
 おまけにその彩は、芸術家としての一面も持つ有名なプロカメラマンで。
 祭雅家は昔から芸術・芸能関係者を多数輩出している家なのだから、それは別に特別な事ではない。
 けれど、彩の名が世間に知られ始めたのが、当時中学生だった明の思春期と重なった。
 兄弟が有名人だと、それだけで周りに人が集まってくる。
 その全てが純粋な好意ならいいのだが。
 実際には、有名人と知り合いになりたいという下心を持つ者や、妬みやっかみを持つ者も少なからずいて。
 自分が望んだ訳ではない、理不尽な状況下に置かれた思春期の明は、強いコンプレックスを持ってしまった。

 彩兄ばかりじゃなく、自分の事も見て欲しい。
 彩兄とばかり比べないで欲しい。
 彩兄の仕事なんて、自分には関係ない。
 彩兄目当てなら、近付かないで欲しい――。

 その結果、明は高校ではなるべく地味で目立たないように過ごして。
 彩が本名ではなく、AYAという芸名で活動していた事もあってか、月日が経つと共に、騒ぐ輩も次第に消えていった。
 だから、大学生活もそうして過ごすハズだったのだが。

「ねぇ明君。貴方、アイドルになる気はない!?」
「……は?」
 ある時、突然そう言ってきたのが、他でもない茅だったのだ。
「私がやってる芸能プロダクション、知ってるでしょ?そこの所属アイドルになる気はないかって聞いてるの。興味ない?」
「茅姉……久し振りに会った第一声がそれってどうなの」
「あら、変かしら?従姉弟なんだし、堅苦しい挨拶なんていいでしょう?」
「……」
 そうじゃないだろう、とは思ったが、一回り以上離れているこの従姉には、正直どう接したらいいか明には戸惑う所で。
「……それで?急に所属アイドルだなんて、どうしたの」
 明は用件を促す事にした。
「それがね、聞いてよ明君!デビュー決まってた子が、今更になって辞めたいとか言い出したのよ?信じられないわっ!」
「それは勝手だね……」
「でしょう!?でもその子、元々自分で履歴書を送ってきた訳じゃなかったから、無理強いも出来なくて……」
「それって、親とか友達からの他薦って事?」
「そう。結構あるのよね、本人に無断で履歴書送るって」
 確かに、本人の意思で履歴書を送っておいて、直前になって辞めます、ならこれほど身勝手な話もないが。
 周りに翻弄されたのなら、仕方ないのかもしれない。
 本人が夢か何かだと思っている間に、あれよあれよと話が進んで。
 ようやく事態が飲み込めて、現実だと実感した途端に、怖くなってしまったのだろう。

 というか。
 似たような話を、物凄く身近で知っている。
 文兄が小説家になった経緯も、確かそんな感じじゃなかったっけ……?

「……本人の明確な意志は必要だよね」
 意思が定まっていなければ、方向性は見出せない。
 そうして意志が弱ければ、簡単に潰されてしまう業界だ。
「あれ?でもそれがどうして僕がアイドルになるって話に……まさか」
 言いかけて、気付いた事に明は眉を寄せる。

「僕をその人の身代わりでデビューさせる気……?」

「話が早いわね。で、どう?」
 ニッコリとそう問いかけてくる茅に、明は溜息を吐く。
「どうもこうも、こんな地味で目立たない僕には、アイドルなんて無理だよ」
「あら、そうかしら?貴方達兄弟は三人とも顔がイイんだから。少なくとも見た目はバッチリよ」
「……なら、別に僕じゃなくても」
「彩君や文君に頼めるわけないでしょ。彩君なら悪ノリしそうだけど、ウチの事務所の子達の撮影担当なのよ?私が困るわ。それに文君に頼んだら、興味ありません、 って一蹴されて終わりよ」
 そもそも、二人とももう仕事を持っているのだから、頼める訳がないが。
「ねぇ、お願いよ明君。こういう無茶は知り合いにしか頼めないじゃない?だから、私を助けると思って!」
「でも……」
「勿論、素性は明かさないわ。彩君の弟ってネームバリューで売るつもりはないもの。明君がその気になれば、彩君よりも有名になれるのよ?」
「彩兄よりも、有名に……」
 特に彩に対して強いコンプレックスを持っていた明にとって、その言葉はとても心動かされるもので。

 有名になれば、皆、自分の事を見てくれる。
 彩兄と比べられる事もなくなって。
 近付いてくる人も、彩兄目当てじゃなくて――。

「……分かった。やって、みる」


 こうして半ば流されるような形で、明はアイドルになったのだ。