アイドルとなるにあたって、明を待ち受けていたのは、想像以上の過酷なレッスンだった。
なんせ、デビューを間近に控えているのに、明は基礎から始めなければならなかったのだ。
ボイストレーニングやダンスレッスン、デビュー用の宣伝写真の撮影に体力作り。
本来なら、どれも時間をかけてやるべき事を、短期間でこなさなければならなかった。
けれど、祭雅家特有の才能に恵まれていたのか、明は元々の能力値が高く。
何とかデビューに間に合ったのだった。
それからは地道に宣伝活動を続け、徐々に認知度も上がって。
次第に人気が出て、ファンが付くようになった。
そうなると、普通は色んなメディアに顔を出す事になるのだが。
明は経歴を一切明かしていないし、大学の講義もあるしで、基本的には歌メインのアイドルとしてやっている。
「しっかし……まさか作詞までやらされるとは思ってもみなかった」
渋面で文句を言う明に、茅は明の作った詞に目を通しながら言う。
「文句言わない。歌メインのアイドルなんだから、アルバム曲の中に1つ位本人作詞の歌が入ってないと」
「“曲作りの勉強の為って理由で、ドラマのオファーを断ってるのに”でしょ?……聞き飽きたよ」
「分かってるなら文句言わない。一応、これで通してみるわ」
「はーい」
そう返事をして、明は溜息を吐いた。
別に、アイドルの仕事は嫌じゃない。
ファンレターを貰えば嬉しいし、コンサートに集まった人を見ると、思わずガッツポーズしてしまう。
けれど。
何だか、違うと思ってしまうのは。
気のせいだろうか……。
「……茅さん。僕ちょっと、その辺散歩してくる」
「何言ってるのライカ。この後……」
「雑誌の取材までには戻ってくるよ。それまではライカじゃなくて、従弟の明だよ」
そう言って明は、足早に社長室を後にした。
明は会社近くの公園を、ただブラブラと散歩していた。
何となく、外の空気が吸いたくて。
そうすれば、自分の中に巣食っているもやもやが、晴れる気がしたから。
「メイクもしなくちゃいけないから、取材の30分前ぐらいに戻ればいいかな……」
そんな風に考えながら、明はボンヤリと空を見上げながら歩いていた。
すると。
「きゃ!?」
「っ!?」
何かにぶつかられた軽い衝撃に、明は体を少しふら付かせる。
何だと思って下に顔を向けると、そこには両手を地面に付いて四つん這いの体制になっている女性がいた。
ぶつかった位置が足だった為、相手は子供かと思っただけに、明は驚いた。
「だ、大丈夫?」
「は、はい」
慌てて声を掛けると、その女性は立ち上がって服に付いた土などを払っていた。
幸い派手に転んだ訳ではないようだったし、ジーンズを穿いていたので、そんなにも被害がないように思えた。
けれど。
「手、擦り剥いてる?」
両手を地面に付いた時に擦り剥いたのだろう、その両手の平には血が滲んでいて。
「早く洗わないと……」
そう言って、明は思わずその手首を掴んで水道の所まで連れて行った。
「あ、ありがとうございます……」
「本当にごめん。僕、よそ見してて」
「いいえ。私も、よそ見してたから」
そう言う彼女の首からは、カメラがぶら下がっていて。
しかも、デジカメの類じゃない、本格的なカメラ。
「一眼レフ?」
「え?あ、コレの事?そうよ」
「じゃあ、さっきもしかして、何か撮ってるトコだったんだ」
それならば、足元にぶつかられたのも納得がいく。
「何を撮ってたの?」
「……大したものじゃないわ」
明の質問に、けれど彼女は苦笑して答える。
普通なら、恥ずかしがったり、逆にどんなものを撮っていたか自慢してきそうなものだけど。
この反応って……。
もしかして。
「プロ志望のカメラマン、とか?」
首を傾げながら明がそう聞くと、彼女は驚いたように目を瞠った。
「!……驚いた。どうして分かったの?」
「あ、いや……納得いく写真が取れなかった時の彩兄の表情に似てたから……」
そう言って、明はハッとする。
思わず有名な兄の名前を出してしまった事に。
けれど、まさかAYAの事だとは分かる訳がない。
明はそう思い直した。
「お兄さんも写真を撮るの?」
「うん、まあ」
「そうなんだ。ええと……自己紹介がまだだったわね。私は邦橋晶。貴方は?」
「あ、同じだね。僕も明っていう名前なんだ。祭雅明。邦橋さんのあきらはどういう漢字書くの?」
「私は水晶とかの晶よ」
「へぇ、残念。僕は明るいっていう漢字」
「でも、何となく似てる字よね」
「そうだね」
そう言って二人はお互いに顔を見合わせてふふっと笑い合った。