照之が寝入ってしまうと、咲はようやく直樹の方を向く。
「照之君、寝ちゃいました」
「やっと寝たか……」
そう言って直樹は咲をギュッと抱き締める。
「全く、とんだ休日だ」
「そうですね。でも、大変ですけど、赤ちゃんて可愛いですよね」
「……俺はそうは思わない」
不機嫌そうにそう言う直樹に、咲は哀しそうな表情で聞く。
「あの……赤ちゃん、嫌いなんですか……?」
「ん?咲は俺が赤ちゃん好きな方がいいのか?」
「それは、まぁ……」
「どうして?」
口を濁す咲に直樹がすかさずそう聞くと、咲は顔を真っ赤にさせる。
その反応に、直樹は口の端を上げてニヤリと笑う。
「将来の事でも考えた?」
直樹がそう耳元で囁くと、咲は更に顔を赤くさせて。
「っ!な……っ」
「咲に似た女の子なら、まぁ可愛いだろうな」
直樹がそう言うと、咲は少し視線を逸らせてボソッと言う。
「……私は直樹さん似の男の子の方が……」
「へぇー、俺に似た男の子ねぇ……」
ニヤニヤとした笑みを浮かべてそう言うと、咲は恥ずかしさを隠すように怒ってみせる。
「な、直樹さんっ!さ、さっきの質問、答えて下さいよ!」
「質問?……あぁ、赤ちゃんが好きか嫌いかってやつか?それなら別に、好きでも嫌いでもない」
どちらでもないという答えに、咲は少し拍子抜けする。
「そう、なんですか?」
「ただ……咲の気を引くのは気に入らないな」
直樹はそう言って、咲に口付ける。
「ん……」
次第に深くなる直樹のキスを受けながら、咲は少しだけ嬉しくなった。
直樹さん、もしかして照之君に嫉妬……?
だとしたら、凄く可愛い、なんて言ったら怒るだろうなぁ……。
それ以上はもう何も考えられなくなってきた時。
ピーンポーン。
と、玄関のチャイムが鳴った。
「……っ誰だよ!」
チッと舌打ちしながら、直樹が玄関に向かうのを、咲は半ばホッとしたような気持ちで見送った。
流石に、寝ているとはいえ照之の目の前でアレ以上はちょっと……と思ったからだ。
と、すぐに玄関の方が騒がしい事に気付いた。
何事かと思って咲が行ってみると、直樹と直枝が言い争っていたのだ。
「テメーは自分のガキ置いてどこほっつき歩いてたんだっ!」
「別にアンタには関係ないでしょう!?」
「関係大アリだ!テメーのせいで咲と出掛ける予定がパァになったんだからな!貴重な休日返しやがれ!」
「はぁ!?ていうか、そもそも教師が生徒に手ぇ出してるのが問題なんでしょうが!」
「それこそテメーには関係ねーだろーがっ!」
言い争いの論点が多少ズレていってるのは置いといて、このままじゃ近所迷惑だ。
「あ、あの!二人とも静かにして下さいっ!照之君が起きちゃいます」
咲のその言葉に、直樹と直枝はようやく静かになる。
気を取り直して、直枝は咲に聞く。
「……照之、今寝てるの?」
「はい。ミルク飲んで、ちょっとおもちゃで相手してたら寝ちゃいました」
「そう。ところで、母さんは?」
「えっと、電話で風邪気味だったおじさまの所に……」
咲がそう説明すると、直枝は申し訳なさそうに言う。
「あらやだ、そうだったの。ごめんね、咲ちゃん。大変だったでしょ?」
「いえ、私は何も……。直樹さんに、大分助けて貰ったので……」
それを聞いて、直枝は怪訝そうな表情をする。
「……直樹が?」
「はい。ミルク作ってもらったり、飲んだ後にゲップさせなくちゃいけないって、色々」
「ふ〜ん……ま、礼だけは言っておくわ」
「礼なんかいいからさっさと照之連れて帰れ」
直樹の言葉に、直枝はムッとしながら笑みを浮かべて言う。
「咲ちゃん、私ちょっと喉渇いちゃった」
「え、あ、はい。じゃあお茶入れますね」
何となく逆らってはいけないような雰囲気の直枝に、咲は思わず従ってしまう。
その事に確実に不機嫌さを増した直樹の方は、絶対に見ないようにして。
「で?どこに行ってたんだよ」
不機嫌そうにそう聞く直樹に、だが直枝は答えない。
そうして更にイライラを増す直樹に、咲は耐えられずに聞く。
「あの、私もどちらに行ってたか聞きたいなー、なんて……」
すると直枝は仕方ないと、肩を一回竦めてから話し出す。
「あのね、バーゲンに行ってたの。今朝の広告で特価品見つけてね〜」
「バーゲンだぁ?」
眉を顰める直樹に、直枝はすぐに反論する。
「照之のよ!アンタねぇ、赤ちゃん用品って出費が馬鹿にならないのよ?すぐ大きくなって着られなくなったり、おもちゃだって成長に合わせて変えてかなきゃならないんだから」
「大変なんですね……」
「そうなのよ。でもまだ照之は小さいから……。預けられるならそれに越した事はないでしょ?」
「そうですね。出先でぐずっちゃったりとかもありますもんね」
咲が同意すると、直枝は機嫌良さそうに言う。
「もう、本当に大変なのよ〜。でも咲ちゃん、今回の事でちょっとはいい予行練習になったんじゃない?」
「予行練習、ですか?」
「ええ。将来子供が出来た時の」
その言葉に、咲は顔を真っ赤にさせる。
その事に直枝はニヤリと笑みを浮かべて、咲の耳元で囁く。
「どう?将来直樹は使えそう?」
その言葉に、咲は更に顔を赤くさせる。
「っ!な……っ」
「真っ赤になっちゃって……咲ちゃんったら、可愛い」
ニッコリとそう言う直枝に、咲は真っ赤になった頬を両手で押さえながら思う。
さ、流石直樹さんのお姉様。
こういうちょっと意地悪なトコ、凄く似てる気がする……っ!
そうして暫くすると、照之は目を覚ましたのかぐずりだして。
丁度いいから、と直枝は咲に赤ちゃんの世話の仕方を色々教えてから帰っていった。
「ったく、結局丸一日、姉貴に潰されたな」
「でも、色々勉強になりました」
「……まぁな。将来必要な知識だろうしな」
「はい」
その知識はきっと、将来の役に立つから。
=Fin=