直樹が部活で部員にせがまれて射をした週の週末。
「あの……直樹さんっ」
 咲に逢う為に直樹が実家に戻ると、その咲が何かをせがむような目で見つめてきた。
「えっと……その、お願いがあるんですけど……」
「……何だ」
 その事に直樹は何だか嫌な予感がして、自然と声が低くなった。
「ぅ……この前、クラスの子が話してるの聞いたんですけど……直樹さんが弓道してるとこ、見たいなぁって……」
 不機嫌そうな直樹の声に、咲は一瞬怯んだようだったが、それでもちゃんと“お願い”の内容を言って。
 その内容に直樹は面倒臭そうに言った。
「……嫌だ」
「えぇ!?何でですか……?」
 直樹が拒否すると、咲は途端に不満そうな表情をする。
「面倒臭い」
 キッパリとそう言われ、シュンと項垂れる咲に、直樹は少しだけ後ろめたくなる。
「……何で見たいと思ったんだ」
「え?あ、その……話ししてた子達がですね、直樹さんの事、すっごくカッコ良かったって言ってて……」
 そう言いながら頬を染める咲に、直樹は溜息を吐く。
「……弓道用具一式をどこにしまったか憶えてないし、近くの弓道場だと知り合いに会う可能性もあるから、少し遠くの弓道場に行かなくちゃならないんだが」
「え、えっと……?」
 直樹の言わんとしている事が分からずに咲が首を傾げると、直樹はフッと微笑って言った。
「弓道用具探すの手伝え。で、やるのは一度だけ。しかも遠出になるが、それでも良ければいいぞ」
「……っ!ありがとうございます!」
 パァッと満面の笑みを浮かべた咲に、直樹は呟いた。
「……俺も大概甘いな……」
「?何か言いましたか?」
「いや、何でもない」
 そうして二人は、弓道用具一式を探す事になった。


 弓道用具一式はちゃんと見つかり、さっそく弓道場へと向かう。
「弓道場って初めてです」
「だろうな」
 弓道場によって規模が違うが、大抵の所で個人利用が可能なのだそうだ。
「着いたぞ」
 駐車場に車を停めて、入り口で料金を払って。
「着替えてくるから待ってろ」
 直樹は荷物を持って更衣室に入って行く。
 その間、咲は初めて見る弓道場内を覗いたりしていた。

「待たせたか?」
 暫くしてそう声を掛けられ振り向くと。
 そこには白の道衣と黒の袴に身を包んだ直樹がいて。
 咲は思わず固まった。
「咲?」
「か……」
「か?」
「カッコイイです……っ!」
 ウットリと見つめるように言われた言葉に、直樹は珍しく顔を真っ赤にさせた。
「……行くぞ」
 そう言ってスタスタと歩いていく直樹に咲は素直に従った。

 少し広めだという道場内には白い線が引いてあって。
「ここから先は射場だから、入るなよ。他にも人がいるから静かにな」
「はい」
 直樹にそう言われ、咲は直樹の射形がよく見える位置で正座をする。
 そうして直樹が弓を構えて礼をし、射場に入った瞬間。
 直樹のキリッと引き締まった空気は、素人の咲にでも分かった。
「凄い……綺麗……」
 弓道の事は何一つ分からないが、直樹のその射形が綺麗に整っているという事だけは分かった。
 事実、矢はまるで的に吸い込まれるかのように次々と中(あた)って。
 全ての矢を射終えた直樹は礼をして戻ってくると、ニッと口の端を上げた。
「どうだった?」
「……凄く綺麗でした!矢も四本とも全部命中するし、カッコイイです!」
 そう褒める咲に、直樹は満足そうに微笑んだ。

 矢を取ってきた直樹は、咲に声を掛ける。
「じゃあ帰るか」
「はいっ!……あ、あの……」
 更衣室に行こうとする直樹を呼び止めて、咲は何事か言おうかどうしようか悩んでいるようだった。
「何だ?一度しかやらないって言ってあったろ」
「あの、そうじゃなくて……写真、撮ってもいいですか?」
「は?」
「その格好、写真撮っていいですか……?」
「却下」
 そう言って直樹はさっさと更衣室で着替えてしまった。


 その帰り道。
「……いつまで拗ねてる」
「だって……」
 直樹の弓道衣姿を写真に取らせて貰えなかった咲はずっと窓の外ばかりを見てて。
 その様子に直樹はやれやれと溜息を吐いた。
「……大体、わざわざこうして弓道衣引っ張り出して射を見せたのは、お前だからだぞ?」
「え……?」
「お前は俺にとって特別なの。弓道衣姿見れただけでも感謝しろ」
 特別、という言葉に咲は嬉しくなるが、それだったらついでに写真を撮らせてくれてもいいんじゃないかと思う。
「……お前なぁ。写真ってどうせ携帯のだろ?誰かに見られたらどうするんだ」
「ぅ……」
「だから帰ったら、アルバムのどっかに学生時代の弓道衣着た写真あると思うから。それやるよ」
「っ!本当ですか!?」
「但し、見る時は自分の部屋でだけだぞ?持ち歩いたりするなよ」
「〜〜っ!ありがとうございますっ!」

 そうして後日、咲の元には弓道衣を着た学生時代の直樹の写真があった。


 面倒臭い事も、何もかも。
 特別な人だから、まぁいいやって思える。


=Fin=


どこまでも咲ちゃんに甘い人(笑)