そう考えてオロオロしていると、一人の女性が声を掛けてきた。
「お嬢ちゃん、どうしたの?このビルには会社のオフィスしか入ってなかったと思うけど……」
その人はどうやら、音々子がビルを間違えて入ってきたのだと思ったらしかった。
近隣のビルには英会話教室なども入っている所があるから、音々子のような未成年が来るハズがないという事だろう。
それでも音々子にとっては、それは救いの手に違いはなくて。
「あ、あの!『@Home Life』って会社は何階ですか?」
「『@Home Life』……?そこに何の用があるの?」
訝しげにそう聞いてくる女性に、音々子は書類を見せる。
「これを、届けたくて」
「重要機密書類……社外秘のモノじゃない。どうして貴女が……」
「怜人に、忘れたから届けてくれって頼まれたんです」
「怜人……。っ真嶋怜人の事!?」
「知ってるんですか!?」
驚きに目を瞠るその女性に、だが音々子はパァっとした笑みを浮かべる。
「知ってるも何も……」
その女性はそこで言葉を切ると、フッと口の端に笑みを浮かべた。
「……私、怜人さんの所で働いているの。だからその書類、私が彼に届けておくわ」
「!」
音々子はその女性が怜人の名を親しげに呼んだ事に、引っ掛かりを覚える。
同じ会社の人だとしても、わざわざ下の名前で呼ぶだろうか?
それとも。
昔からの知り合い、とか……?
そんな事を考えていると、その女性は音々子に書類を渡すように促してきた。
「どうしたの?いつまでも貴女が持ってても仕方ないでしょう」
「や、でも……」
何となく、音々子が渡すのを躊躇っていると、その女性は呟くように、だが音々子にハッキリと聞かせるように言う。
「それにしても全く、怜人さんも気紛れが過ぎるわね。何もこんな子供を相手にしなくても……」
「っ!?」
ざわり、と。
心の中にもやもやしたものが徐々に広がっていくのを感じる。
この人は、誰だ。
怜人の、何?
少なくとも。
この人からは明らかな敵意を感じる。
その事に音々子は、書類をギュッと抱え込んだ。
「これは私が直接怜人の所に持って行きます。私が届けるように頼まれたから」
音々子がそう言うと、その女性は眉を寄せた。
「それは彼にとってとても大事なモノなのよ?貴女のような子供に任せて置けないわ。いいから渡しなさい」
「嫌です!」
そう言って音々子が走り出そうと振り返った所で、誰かにぶつかってしまった。
「おっと、大丈夫?」
「あ、す、すみません!」
音々子は慌てて頭を下げる。
すると、驚いたような男性の声が返ってきた。
「あれ?君、確か……」
「え?」
音々子が顔を上げると、そこには何だか見た事のあるような顔があって。
だが、音々子が思い出す前に、後ろから緊張したような声が上がった。
「だ、代表取締役!」
「代表取締役……?」
それって物凄く偉い人!?
そう思って音々子は再び頭を下げようとする。
だが、それは相手によって止められてしまった。
「あーいいよいいよ。それより揉めてたみたいだけど?」
「あ、いえ……彼女が我が社の社外秘の重要書類を持っているのですが、渡そうとしなくて」
女性の方がいち早く、媚びるようにそう言う。
すると男性は音々子に顔を向けてきた。
女性の言葉では、まるで音々子が悪者みたいだ。
「あの、家に忘れたから届けてくれって頼まれてて……だから直接渡したいんですけど……」
だから音々子は、慌ててそう言うが。
多分この人は怜人の会社の偉い人だ。
だからきっと、この人も書類を渡せって言うかもしれない。
それでも、彼女に渡すよりはマシ。
あ、でも。
……この人きっと、怜人より偉い人だよね。
怜人が怒られちゃうかも……。
そう思っていると、意外な言葉が返ってきた。
「じゃあ一緒に行こうか。俺が怜人の所まで案内してあげるよ。……あぁ、君は自分の仕事をするように」
最後に女性にそう指示を出して、その男性は音々子を促した。