オフィスまでのエレベーターの中で、音々子は聞いてみる。
「あの……もしかして、前に会った怜人のお友達、ですか?」
「あ、覚えててくれたんだ」
「確か、柿崎満さん、でしたよね?」
「そうだよ。名前まで覚えててくれたなんて、嬉しいな」
そう言われて、音々子はホッとする。
間違えてたら物凄く失礼だ。
「私、ビックリしちゃいました。怜人のお友達が、会社で凄く偉い人だったなんて」
音々子がそう言うと、満は微妙な顔をする。
「音々子ちゃん、もしかして……怜人から会社の事、何も聞いてないの?」
「はい……」
そう聞かれて、改めて音々子は怜人が会社で何をしているのか知らないなと思った。
前に一度、目の前にいる満と会った時に、HPのシステムを組んだ、と聞いた事があるだけだ。
「えと、怜人はシステムエンジニアとかプログラマーなんですか?」
音々子がそう聞くと、満は面白そうに笑う。
「そうか。怜人がSEやプログラマーね」
「違うんですか?」
音々子がそう聞くと、満は笑いながら言う。
「それは自分の目で確かめるといい」
「?はい」
エレベーターが目的階に着いて、音々子はオフィスの奥へと促される。
その間、チラチラと周囲からの視線を感じたが、話し掛けてくる者は誰もおらず。
そのまま『社長室』とプレートの掛かったドアの前まで連れてこられた。
「あの、ここって……」
「いいから。入るぞー」
満はノックもせずに中に声を掛けて、返事も待たずにドアを開けてしまった。
「ノックぐらいしろって何度言ったら分かるんだ?」
呆れたような声の持ち主は、顔を上げる事なく机に向かっていて。
開けたドアは社長室。
その一番奥の立派な机に座っているのは、当然社長と呼ばれる立場の人なハズで。
でもそこにいたのは他ならぬ怜人だった。
「怜人……?」
まさか、予想もしなかった事態に音々子は恐る恐る声を掛ける。
すると怜人はバッと顔を上げた。
「音々子!……どうして満が一緒にいるんだよ」
そう言いながら怜人は音々子達に近付くと、音々子を自分の腕の中に収め、満から見えないようにクルッと背を向けた。
「随分な独占欲だな。……下で会ったんだよ。ウチの社員とちょっと揉めててな」
「揉めてた?音々子、何があったんだ?」
眉を寄せてそう聞かれ、音々子は簡単に説明する。
「えっと、向こうから声を掛けてきて、書類を怜人に届けに来たって言ったら、じゃあ届けてあげるって言われて……でも、何かあの人、凄く嫌な感じだったから、嫌だって
言ったの」
「嫌な感じ……?ウチの社員にそんなに態度の悪い奴がいたのか……」
神妙そうにそう言う怜人に、音々子は首を横に振る。
「……怜人ととっても親しそうだった。名前で呼んでたし、怜人が気紛れで私に手を出したとか言ってたし……」
もしかして、あの人の言う通り、怜人が一緒にいてくれるのはただの気紛れなんだろうか?
本当はあの人と付き合ってたりして。
怜人の家だとか、帰るべき場所は他にあるんじゃ……?
そう考え出したら、一気に不安になって。
音々子は思わず怜人のスーツをギュッと握る。
すると、頭上に優しく温かい手が降ってきた。
「気にするな。相手は女だったんだろ?ならただの牽制だよ」
「牽制……?」
「一応、俺は社長っていう立場だからな。お近付きになりたい輩は後を絶たないんだよ」
「それって、金持ちを利用するとか、そういう……?」
「そう。その女は気付いたんだろうな。音々子が俺と親しい存在だって。だから脅威に思ってそう言ったんだろ」
「そっか……じゃあ、あの人は怜人と何の関係もないんだね」
ホッとしたようにそう言う音々子に、怜人はフッと口元を緩める。
「なんだ、妬いてたのか?」
そう言われて、音々子は慌てて否定する。
「そ、そんなんじゃないよ!ただ、怜人に他に帰る場所があったりしたら嫌だなって……」
言いながら、再び不安に苛まれてしまった音々子は、どんどん声が小さくなる。
そんな音々子を安心させるように、怜人は彼女をギュッと抱き締めて耳元で囁く。
「絶対に解けない魔法をかけてやるって言ったろ?」
「……うん」
それはいつだったか、怜人に言われた言葉。
『……好きだ、音々子。ずっと傍にいて欲しい』
その言葉を思い出し、音々子は安心したように怜人に頬をすり寄せた。