怜人に連れてこられたのは、ちょくちょくと雑誌やTV等で取り上げられている、人気のアパレルショップだった。
「いらっしゃいませ、真嶋様」
「あぁ。コイツの服、何着か適当に見繕ってくれ」
「畏まりました。では、こちらへどうぞ」
「え、え?」
店員に店の奥の方へと促され、音々子は状況が把握できない。
「この店は昔から利用してる店でな。選んでもらえ」
「う、うん……」
「あれ?怜人じゃん」
丁度その時店に入ってきた男が、怜人に親しそうに声を掛けてきた。
「……満」
「そちらのお嬢さんは?」
彼は目聡く音々子を見つけると、ニコニコと笑顔を浮かべて聞く。
だが怜人は苦虫を噛み潰したような表情で、顔を逸らせた。
「……関係ないだろ」
「あっそ……お嬢さん、お名前は?」
すると彼は、音々子に直接話し掛けてきた。
「え、あの……?」
突然の事に困惑して、音々子が怜人に視線を向けると、盛大な溜息を吐いて彼を紹介してくれた。
「……コイツは柿崎満。俺の昔馴染みだ」
「ヨロシク」
そうして今度は、満の方に音々子を紹介する。
「……で、音々子」
「初めまして」
「……おい。それだけか?」
「十分だ」
怜人の素っ気無い態度に、音々子は思わず口を尖らせる。
「ちょっと怜人。お友達にその態度はないんじゃない?」
すると怜人よりも先に、満が反応した。
「音々子ちゃんて、コイツの事、怜人って呼んでるの?」
「あ、はい」
「へぇ、そう……」
そうして意味深な瞳を怜人に向ける。
「……何だよ、その目は」
不機嫌そうな声音を出す怜人だが、満は全くもって意に介していない。
「別に?それで今日は、音々子ちゃんの服か?」
「……お前に関係ないだろ」
そんな事を話していると、お店の人が声を掛けてきた。
「このような感じでいかがでしょうか?」
お店の人は、何着かチョイスした服を怜人に見せる。
「うん……悪くない。音々子、どれか試しに着てみろ」
「……分かった」
音々子は沢山ある内の一着を選んで試着室に入る。
それを見届けると、満は怜人の肩に腕を回してニヤリと口の端を上げた。
「ドコで拾ってきたんだよ、あんな雑種」
「別にドコだっていいだろ」
「お前が女に呼び捨てを許してるなんてな。しかも年下だろ。いくつ?」
「……アイツが勝手に定着させたんだよ。年は16」
「はぁ!?10も下じゃねーか!ガキは範囲外だろ」
「居ついちまったモンは仕方ねーだろ」
次々と質問されそれに答えていたが、流石にこれは口が滑ったと思った。
「え……家に置いてんのか?お前が!?……意外だな。お前、図々しい女嫌いだったじゃねぇか。それに自分のテリトリーには絶対、女入れなかったのに」
「……」
確かに、今までの俺なら確実に追い出してる。
というより、そもそも拾わない。
それこそ、野垂れ死のうがどうしようが、自分には関係ない事だと言って。
「……ただの気まぐれだ」
野良猫に恋をしたから、とは言えなかった。
――言いたくなかった。
だから、無理に話題を変える。
「客の反応の方はどうだ?」
実は満は、怜人と一緒に会社を立ち上げた内の一人だ。
主に『@Home Life』のHP管理担当をしている。
だから、利用客の反応などは彼が一番把握していると言える。
「ん?あぁ、お前に作ってもらった新しいシステム、評判いいぜ?前より利用しやすくなったし、見やすくなったって」
「そうか」
その時。
「あのー……」
着替えを終えたのか、音々子が恥ずかしそうに試着室から顔を覗かせた。
「音々子、出てこい」
「う、うん」
姿を見せた音々子の服装には、目を瞠るモノがあった。
彼女が着ているのはデニムジャケットにシフォン素材のチュニックドレス。これは肩紐のストラップが取り外し可能になっていて、スカートとしても使えるものだ。
そうして下はジャケットと同色の七分丈ジーンズ。
音々子の年代としてはごく普通の格好だが、彼女が着ると、とても可愛らしいと思った。
だが怜人がそう言うよりも早く、満が口を開く。
「音々子ちゃん、カワイーね」
「そ、そんな……私は、別に……」
褒められて、照れて赤くなる音々子を見て、怜人はムカッとする。
やめろ。
そんな可愛い表情、他の男に向けるな。
それ以前に、他の男にまでそんな表情見せなくていい。
俺だけのモンだ。
俺だけに見せればいい。
怜人はそう思った。
音々子には自分だけ。
そうでありたかった。