今すぐ怒鳴りたい衝動を抑えて、怜人は満を促して音々子から離れた位置に移動する。
「満、ちょっと」
「何、怜人」
「音々子はちょっと服でも見てろ」
「う、うん」
そうして離れた所で、怜人は満の胸倉を掴み、低い声で淡々と、しかも無表情で言う。
「俺のモノに気安く触るな」
怜人のその様子に、満は眉を顰める。
「お前……もしかしてマジなのか?」
「……」
沈黙を肯定の意に取って、満は続ける。
「やめとけよ。一生を台無しにするつもりか?」
「……身分違いと言いたいのか?」
「そうだ。ただの気まぐれなら何も言わないさ。だけど本気となると、周りが黙っちゃいない。特に、お前の周りは誰も野良犬を好まないだろ。お前はいいかもしれないが、彼女に火の粉が飛ぶ場合だってある。それは分かるだろ?」
頷きながら怜人は、音々子は犬じゃなくて猫だ、と真剣な話の最中なのについ思ってしまう。
「守れるのか?」
「守るさ」
自分でも、驚く程の即答だった。
「……正直俺も賛同しかねるんだがな。なぁ、相手はまだガキじゃん。何をそんなに気に入ったんだ?確かに今まで周りにいなかったタイプだけどさ」
「そうだな……俺にもよく分からん」
「へぇ?意外だな。お前にしては珍しく曖昧というか……変わったな、怜人。いや、変えられた?」
「……何だよ」
ニヤニヤしながら言う満に、怜人は顔を顰める。
「別にぃ?……ま、暫くは見物させてもらうぜ」
「……そうしてくれ」
絶対面白がってるな、コイツ。と思いながら、待たせていた音々子の元へと戻る。
「待たせたな」
「ううん。何の話?」
「いやー、こいつがさー」
「満」
怜人は調子に乗っている満を、名前を鋭く呼んで制する。
「……会社のHPの新しいシステムを組んだの、怜人だから。その事で」
「……怜人って実は凄いんだ」
感嘆よりも驚きで言われた言葉に、怜人は呆れた。
「お前、今まで俺を何だと思ってたんだ」
「金持ちのボンボン」
……いや、間違ってはいないが。
というより笑うな、満。
見ると満はくくっと忍び笑いを漏らしている。
「行くぞ音々子」
「あ、うん」
そうして満とは軽く挨拶をして別れ、店を出た。
「まったく……嫌なタイミングで会っちまったな……」
そう呟く怜人に、音々子は心配そうに聞く。
「……怜人、柿崎さんと仲悪いの?」
「いや、そういう訳じゃないが……」
問題は音々子と一緒の時に、という事だ。
まぁ、あの様子なら周りに言いふらす事も無いだろう。
実家はともかく、会社のイメージダウンに繋がる事をするとも思えないし。
その辺りは昔からの悪友。信頼してもいいだろう。
車を走らせながら、怜人は隣に座っている音々子をチラッと見る。
「……なぁ、満の事どう思った?」
「え、柿崎さん?んーと、物腰柔らかで、大人の雰囲気で、カッコイイ人」
「……そうか」
思った以上に音々子が満の事を褒めるから、怜人は少しムッとする。
「……満の前ではやけに大人しかったな。口調もきつくなかったし」
怜人はそれが引っ掛かっていた。
「え、だって初対面の人じゃん。それなりに緊張するっていうか……」
「俺の時は最初からきつい口調と態度だったぞ」
「えー、そうだっけ?」
すっ呆ける音々子に対し、怜人はやれやれと息を吐く。
「……仕方ないじゃん。ただでさえTVで紹介されるようなお店にいて緊張してたし、柿崎さんは怜人の友達なんでしょ?……悪く思われたくないし」
「音々子……」
それはつまり。
アイツが俺の友達だったから……?
そう思ったら、何だかくすぐったいような気持ちになった。
「でもあの人、何か最後の方は雰囲気違ってたよーな……?」
そう首を傾げる音々子に、怜人はさらに上機嫌になる。
「ま、アイツもある意味客商売だし。俺と話してて地が出たんじゃねーの?」
ザマミロ満。本来のお前は“大人の雰囲気”とか“物腰柔らか”とか、そんなイメージじゃねぇんだよ。
昔馴染の俺からすれば、相当腹黒い奴だ。
その場にいもしない満の悪口を思っていると、音々子が口を開く。
「なぁ怜人、ドコ行くんだ?」