今日買った物は、荷物になるからと全部配送にしてもらった。
 一日中歩き回って疲れるだろうし、その上買った物を片付けて料理して……となるとかなり大変だろう。
 怜人は別行動をした時に高級レストランのVIPルームの予約をしておいた。

「まだ内緒だ。美味いモン食わせてやるから期待してろ」
「……うん」
 多少元気のなくなった返事に、怜人は「ん?」と思う。
 チラッと横顔を見ればその表情は浮かないもので、どうした事かと思う。

 ……まぁ、美味いモン食えばすぐに気分も晴れて笑顔になるだろう。

 と、気にはなったものの、怜人はそうタカを括っていた。


「……どうした?フランス料理は好きじゃなかったか?」
 食事中、音々子は沈んだままで――いやそれどころか、先程よりも更に沈んでいるような気がする。
「ううん、凄く美味しい。嫌いな訳じゃないよ。それどころか、こんな豪勢な食事なんて初めて……」
「じゃあ、何で」

 何でそんな浮かない表情をする?

 すると音々子は躊躇いながら口を開く。
「……だって俺……怜人にいい思いさせて貰ってばっかりだ。なのに俺は何も持って無いから……怜人に何も返せない……!」
 そう言って音々子は、とうとう泣き出してしまった。
「……」
 怜人は正直呆れた。

 何だ、そんな事を気にしていたのか。
 あぁ、でもそうか。

 そうして怜人は思い出す。

 音々子は施設で虐待を受けて。自分の物だって、小さなボストンバックに入る程度しか持っていない、言ってみれば標準以下の生活。
 それがいきなり優しくされて、しかも金の使い方が普通とは桁外れ。
 戸惑うのも無理はない。

 今まで自分の周りにいた女共は、人の金や立場は利用できるだけ利用する、というタイプの、打算的なハイエナのような奴等ばっかりだった。
 だから、その辺りの配慮が欠けていたんだと思う。

 音々子と奴らは全然違うんだ。
 もう少し考えてやるべきだった。

「……バーカ。金持ちなんざ利用してやるぐらいに思っとけばいいんだよ」
 フォローのつもりで言った言葉に、音々子は意外な答えを言う。
「だ、だって、そしたら利用される怜人がカワイソーじゃんか!」

 可哀想と来たかー。

 そう思って怜人は思わず吹き出す。
「笑うトコじゃねーだろ!?」
「あっはっは、悪ぃ。可哀想、なんて言われたの初めてだ。……お前は俺に何も返せないって言ったよな?だがそれは違う。お前が俺の傍にいてくれるだけで、俺は可哀想じゃなくなるんだよ」
 怜人はそう言って音々子に優しく微笑んでやる。
「そう……なの?」
 そう言って、少し俯き加減で上目遣いに自分を見上げてくる音々子が。

 可愛いと思った。
 愛しいと思った。

 怜人はテーブル越しに身を乗り出すと、音々子の涙を指で拭ってやる。
「……だからもう泣き止め。俺はお前の笑顔が見たい」
 そう言って微笑む怜人に、音々子は温かいモノを感じて嬉しくなり、自然と笑顔が溢れる。
「……なぁ、音々子。お前、さっき俺を魔法使いって言ったよな。なら、絶対に解けない魔法をかけてやるよ」
「魔法……?」
 怜人はゆっくりと頷き、だが緊張する。

 こんな事言ったら笑われるだろうか?
 だけど言いたい。
 言ってやりたい。

「……好きだ、音々子。ずっと傍にいて欲しい」

「……っ!」
「知り合ってまだほんの少ししか経っていないし、お互いに知らない事の方が多い。けど、そう思ったんだ。だから音々子は何も気にせずに、そのままでいいから。……これが、俺が音々子にかける魔法の言葉」
 言われた音々子は嬉しくて、だがそれをワザと隠すように言う。
「……キザ」
「嬉しかった?」
「……バーカ」
 小さな声でそうやり取りして、二人は笑った。