その後、家に帰って二人でゆったりした時間を過ごす。
怜人は帰るなりソファに座ると、自分の太腿の上に音々子を座らせ、ギュッと抱き締める。
最初こそ音々子は恥ずかしさのあまり暴れていたが、今は顔を真っ赤にしたまま大人しくしている。
そうしてふと音々子が口を開いた。
「……なぁ、怜人」
「ん、何?」
「……俺、まだ返事してない……」
音々子は怜人の胸元に顔を寄せ、その服をギュッと掴む。
先程の告白に対する答え。
言うのは凄く恥ずかしい。
だが、音々子が言う前に怜人が口を開く。
「無理に言わなくていい……別にお前が俺の言葉を迷惑だって思っても、追い出したりしないから安心しろ」
「迷惑なんかじゃ……!」
思わずそう言って、音々子は黙ってしまう。
怜人のバカ。
本当はちゃんと、好きだよ、って言いたかったのに。
無理に言わなくていい、なんて言うから。
……言うタイミング、逃したじゃんか。
そもそも怜人は、私が怜人の気持ち、迷惑に思ってるって思ったの……?
そう考えて、急に気分が落ち込んだ音々子は呟くように言う。
「……もう寝る」
すると、怜人は抱き締めていた腕を放してくれた。
「そうだな、そろそろ……」
そうして怜人もそう言いながら立ち上がるが。
「……音々子、先に寝てろ」
何かに思い至って、動きを止めた。
「え、何で……?」
音々子は反射的にそう聞く。
その表情は悲しそうで。
怜人は音々子の頭を撫でてやりながら言う。
「……仕事で必要な書類を纏めなくちゃならない事を思い出したんだ」
ごめんな、とそう言う怜人に、音々子はシュンとする。
「そっか、仕事なら仕方ないよな……」
悲しそうな声と表情で俯く音々子に、怜人は少し意地悪に言う。
「……寂しいって言うんなら、早めに終わらせるけど?」
「……寂しい」
意外にも音々子は、そう言って怜人の服の端を掴んだ。
俯いたままのその顔を、今度は真っ赤にして。
そんな音々子の様子に、怜人は驚くと共に口の端を上げてニヤリとした。
何だかやけに素直だな。
それなら――。
「音々子」
名前を呼んで、音々子が顔を上げた瞬間。
怜人は音々子にキスをした。
唇同士が合わさるだけの軽いものだが、音々子とキスをするのは初めてだ。
「後ですぐ行くから。先に寝てろ」
「う、うん」
突然の出来事に驚いている音々子の頭を、軽くポンポンと叩いてから、怜人は自室へと入った。
主に仕事用で使っている書斎だ。
後に残された音々子は、怜人の消えていった部屋の扉を見ながら、暫く呆然としていた。
そうして突然我に返る。
「……え?今の何?何だった?……キス、された……?」
そこまで理解すると、音々子は真っ赤になった頬を両手で覆い、その場にへたり込んだ。
恥ずかしい。
怜人は大人だから、平気であんな事が出来ちゃうんだろうか?
ドキドキする。
どうしよう。
暫く考えても答えは出ず、仕方なく音々子は寝室に向かう。
ベッドに潜り込むと怜人の匂いがして、何となく彼に抱き締められているような錯覚すら覚えて。
と同時に、余計に緊張してしまう。
「……寝れるかなぁ」
音々子はそう呟いて、目を閉じた。
数十分後。
書類を纏め終わった怜人が寝室に行くと、音々子はもう眠っていた。
「……寝ちまってるし」
すやすやと安らかな寝息を立てる音々子に、怜人は溜息を付く。
本当は、すぐに纏めなきゃいけない書類なんてなくて。
ただ、音々子とはゆっくり事を進めたかったから、自分を自制する意味で、一度仕事の事に頭を切り替えただけだ。
「……ったく、いい気なモンだぜ。人の気も知らないで……」
そう苦笑しながら呟く怜人の眼差しは、温かく柔らかいものだった。