≪side:NENEKO≫


 朝になって、音々子は緊張していた。
 何事もなかったとはいえ、状況は今までと全然違う。
 特に、キスをされた事が一番大きい。
 終始顔が赤く、ちょっとでも怜人と視線が合えば、目を逸らしてしまう。

 そんな音々子に内心苦笑しながら、怜人は言う。
「じゃあ、今日から徐々に荷物が届いて大変だろうけど」
「うん」
「調理器具とかなら今日中に届くと思うし、晩飯、楽しみにしてるから」
「う、美味いの作るからさ。期待していいよ?」
 な?と言うように音々子は微笑む。
 怜人はそんな音々子の横髪に指を絡ませ、そのまま梳いてやる。

「……いい子にしてろよ?」

 今まで視線を逸らしていたのに、この時ばかりは怜人の真っ直ぐな視線に絡め取られて。
 音々子はドキドキしながら思う。

 どうしよう。
 視線が、外せない。
 キス、されるのかな――。

 だが、音々子の予想に反して怜人は目を細め、頭をクシャッと一撫でするだけで終わってしまった。
「じゃあ行ってくる。……早めに帰るから」
「うん……行ってらっしゃい……」

 怜人を見送った後、音々子は悲しくなった。

 子供扱いされた。いや、この場合ペット扱いか。
 ペットになると言い出したのは自分だし、それはまぁ仕方ないけど。
 昨日好きだと言ってくれたのは、あれはつまり、ペットとしての意味で。
 キスだって、飼い主がするような、たったそれだけのキス。

「……何だ、そういう事か……ははっ、バカみたい……そんな事にも気付かずにドキドキしたりして……」

 何だか無性に泣きたくなった。

「慌てなくていい、なんて言わずに、勘違いすんなって言えばいいじゃない!バカ怜人!」
 だが、その叫びは虚しく部屋に響くだけだった。

 決めた。
 もう絶対に懐いてなんかやらない。


 それでもやっぱり喜んで貰いたいから、初日だし、と料理は張り切って作ってしまう。
「あ、でも怜人って普段からイイものばっか食べてそうだし、喜ぶかな……」

 だが、それは全くの杞憂に終わった。
「へぇ?やるじゃん……美味いぜ、音々子」
 笑顔で美味しいと言って食べる怜人に、音々子は胸の辺りがキュンとなる。

 嬉しい。でも……。

 どこか浮かない表情の音々子に、怜人は何かあったのかと思い聞いてみる。
「どうかしたか?」
「ん……何でもない」
「……そうか」
 笑顔を作る音々子に、怜人はそれ以上聞けなかった。