≪side:REITO≫
夕食後、怜人は音々子を自分の傍に呼ぶ。
だが音々子は、後片付けを理由に、キッチンへと行ってしまった。
そんな彼女を見て、怜人はある事に気付いた。
音々子の瞳。
印象に残る、強い意志を宿した瞳。
今の音々子の瞳に表れていたのは、自分の見間違いでなければ虚勢の色。
最初警戒していた時と同じ、誰にも本心を見せようとしない……。
……あれ?
もしかしなくても、俺、拒絶されてる?
何で?
そう思って怜人は柄にもなく慌てる。
朝、家を出る時は普通だった。……ハズだ。
こうなってくると自信がなくなる。
それとも、自分がいない間に何かあったのだろうか?
そう考えると、居ても立ってもいられなくなり、キッチンで洗い物をしている音々子の元へと行く。
「音々子」
「……何?今、手、放せないんだけど」
後ろから名前を呼ぶと、振り返る事も、まして顔も上げずにそう言われた。
あ、やっぱ拒絶されてる。
昨日とかは可愛く振り向いてくれたんだが。
途端に胸が苦しくなる。
こんなの、嫌だ。
「……音々子。こっち向け」
「……」
不機嫌そうな声音で強く言うと、音々子は無言でこちらを向いた。
「……何かあったのか?それとも俺、何か変な事でも言ったか?」
「……別に」
一瞬辛そうな表情をして、音々子は視線を逸らす。
ちょっと待て。
何でそんな顔をする!?
怜人は内心、物凄く焦った。
「音々子、ちゃんと言え」
だが、音々子は相変わらず鋭く、強い瞳を向けてくるのみで。
「音々子!」
怜人は思わず、怒鳴りつけていた。
「しまっ……」
直後、怜人は激しく後悔した。
恐怖に怯え、大きく見開かれたその瞳。
音々子の心に残る、大きな傷。
施設での虐待の記憶を呼び起こしてしまったと気付いたから。
「音々……」
「いやぁっ!」
音々子は、伸ばしかけた怜人の手を思い切り振り払うと、両手で耳を覆い、目をギュッと閉じ、その場に蹲った。
その細い肩は小刻みに震え、音々子がいつもよりも、小さく見えた。
怜人はそろそろと手を伸ばし、そっと抱き締める。
「っ!?」
触れた瞬間、音々子がビクッと大きく肩を震わせたのが分かった。
だが怜人は構わず、音々子を抱き締める腕に力を込めると、耳元で優しく囁いてやる。
「音々子、ごめん……」
すると音々子が小さく反応したのが分かった。
耳をきっちりと覆っていた手が、少しずらされる。
「……怒鳴ったりして、悪かった。怒ってないから……そんなに怯えたりするな。大丈夫だから……」
あやすようにして髪を撫でてやり、暫くそうしていると、音々子の震えは、徐々に治まっていった。
「……怜人、ごめん……ごめんなさい……」
掠れた声でそう呟く音々子に、怜人は優しく言う。
「お前が謝る事じゃないだろう?いいよ、怒ってないし」
「そうじゃない!違うんだ……謝るのは……」
音々子はそう言い淀む。
違う?何が違うというんだ?
何を言うつもりなんだ?
だが、音々子がそれを口に出す事はなかった。
「とにかく……ごめん」
「……理由は聞かない方がいいか?」
怜人は静かに尋ねる。
無理に聞き出そうとすれば、先程のようになりかねない。
「うん……そうしてくれると、助かる……」
か細くて、今にも消え入りそうな音々子の声。
今は多分。そっとしておくのが一番だ。
「傍にいた方がいいか?……もし嫌なら、リビングに行くが……」
「嫌じゃ、ない……でも、今は……」
「分かった」
名残惜しくはあったが、怜人は音々子の頭を一度クシャっと一撫ですると、リビングへと向かった。