≪side:REITO≫


 音々子が、まさかそんな事を思っているとは露知らず、怜人はリビングで考え込んでいた。

 何を、なんだ?
 拒絶してごめん?
 怖がってごめん?
 それとも何か、全く別の……。

「……ワケ分かんねぇっつーの……ったく、何がごめんなんだ、音々子の奴」
 音々子のいるキッチンの方を見て、怜人は思わず溜息を吐いた。


 数日が過ぎて、だが音々子の態度が変わる事はなかった。
 家事全般はきちんとやるし、笑顔も向けてくれる。
 だけど、その表情は心なしか、どこか沈んでいて。
 距離だって、怜人に対して一線引いているという感じ。
 なのに、怜人が触れるのを嫌がっている感じはあまりしない。
 抱き締めたり、髪や額、頬などに唇を寄せても、確かに怒ってはいるが、真っ赤になって恥ずかしいが為、という感じだ。
 その反応も、最初の頃よりは大人しくなっているし。

 だが怜人はそれ以上はしなかった。
 理由は分からないが、音々子が自分に対して一線を引いている以上、するべきではないと思ったから。

 実は怜人にとって、恋愛経験というものは無いに等しい。
 愛なんて、そんなもの煩わしいし、クソ喰らえだ。
 本当にあるかどうかさえも怪しい。
 そう思っていたから。

 自分に近付く人間は皆、何かしらの思惑を持っていて。
 だから音々子の存在は本当に嬉しかった。

「音々子……」

 突然目の前に現れて。
 俺が何者かも知らずに、こうして傍にいてくれている。
 それも最近は少し辛そうに見えるのだが……。
 俺は音々子の優しさに付け込んで、甘えている。

 卑怯だな、とは自分でも思う。
 音々子には何処にも行く当てなど無いのを分かっていながら、ここにいてもいいよ、なんて優しく囁いて。
 その実、彼女を縛り付けているだけだ。
 彼女がどんな気持ちでいるのかも知らずに。
 ――知ろうともせずに。

 恋をすると人は臆病になる、なんてのは、ドコで聞いた言葉だったか。
 聞いた時はバッカじゃねーの、とも思ったし、そんな事実際あるわけねー、って嘲笑ったりもした。
 なのに今、この状況はどうだ?
 俺は音々子に対して臆病になっている。

 失いたくないから。
 失うのが怖いから。
 何も聞かない。
 何も聞けない。
 何もしない。
 何もできない。

 その唇に触れる事さえも。

 ……もしかしたら、そんな俺の態度が彼女を傷付けているかもしれない。
「マジ情けねぇな、俺……」
 そう呟いてみた所で、現状なんて何一つ変わる訳ないのに。

 なぁ、音々子。
 教えてくれ。
 どうしてそんなに沈んだ表情をしているんだ?
 どうして俺に対して一線引くんだ?
 一体、今何を思っている?
 何を考えている?
 俺の事、どう思ってるんだ?
 嫌いではないんだろう?

 そう思うだけで、言葉が口から出る事はなく。
 どんどん思考の迷路に嵌っていく。
 せめて、そんな素振りは見せないように振舞う事しかできないけれど。
 どうにかなってしまいそうだ。

 大人の余裕を見せたいのに。
 余裕なんか殆どない。
 一人の女に、これほどマジになったのは初めてだ。
 だから、大切にしたい。
 だからこそ、どうしたらいいか分からなくなる。


 そんな怜人の元に、一本の電話が入った。