ピザが届いた頃、シャワーを浴びて小ざっぱりした音々子が戻ってきた。
意外にも彼女はバスローブ姿で。
怜人は何となく意識して見ないように目を逸らす。
「なぁ怜人って何者?」
「……いきなり呼び捨てかよ」
「アンタにさん付けとかしたくない」
あ、ムカつく。
かっわいくねー。
そう思った怜人は思わず呟く。
「この野良猫が……」
「……何ソレ」
明らかに不機嫌そうにムッとなる音々子に、怜人は少しだけ優越を感じる。
「公園で行き倒れたのは何か他に理由があるんですかー?野良猫ちゃん」
からかう程度に言ったのに、音々子は言葉に詰まったように何も言わず、悔しそうな顔をした。
「……マジで行くとこねぇの?」
怜人がそう聞くと、音々子は一瞬――本当に一瞬だけ――泣き出しそうに顔を歪めて、小さくコクンと頷いた。
「……ならココにいろ。俺が飼ってやるから」
考えるよりも早く口を突いて出た言葉。
……うわっ!何言ってんだ俺!?
音々子も呆れた顔をしている。
「……怜人って馬鹿?変態?何、ご主人様、とでも言って欲しいワケ?」
「……言葉のあやだ。ま、実際お前野良猫みたいな存在だし?それよりピザ食えピザ。腹減ってんだろ、冷めるぞ」
怜人は話題をピザに移して話を逸らす。
だが音々子は冷ややかな視線を怜人に投げてよこしてから食べ始めた。
余程腹が減っていたのか、音々子は黙々と食べ、Lサイズのピザを殆ど一人で食べきってしまった。
「……すげーな」
「んー……2〜3日は何も食べてなかったし」
「……は?」
何だそれ。過激なダイエットか?
だが、自分をじっと見据える音々子の瞳に、怜人は何も言えなくなった。
俺が惹かれた強い瞳。
不意に音々子が口を開く。
「……なってやろうか?」
「……は?何に?」
「怜人のペット」
その言葉に、怜人は一瞬固まる。
「……っ!ちょっと待て、あれはナシだと言ったろう!?」
信じらんねぇ、このガキ。普通知り合って間もない男にそういう事言わねーだろ。
「だって、どうせ行くアテもないし?アンタが飼ってくれるなら丁度いい」
「じゃあお前は俺に何されても文句は言わねーんだな?例えば毎晩相手しろって言っても?」
「は、何言ってんの。アンタ、ペットに見返り要求するワケ?」
「お前が本当に犬・猫だっていうなら何も言わないさ。だが、この場合それとは明らかにペットの意味合いが違うだろう?」
勿論俺にそんな趣味はない。そういう事はよそでやれ。よそで。
だが、音々子は怜人の言葉の意味を裏まで十分に理解した上で、それでもとんでもない事を言い出した。
「……いいよ、怜人なら。どうせあのままじゃ、ロクな事にはならなかっただろうし。拾ったモンには責任取れよ、怜人」
……無茶苦茶だ。
本当に分かって言っているのだろうか?
一体全体、どういう育ち方をしたらこんな考え方が出来るんだ?
「ガキがナマ言ってんじゃねぇよ」
いっその事、今ここでその身をもって思い知らせた方がコイツの為になるんだろうか?
そう考えたがやめた。
いかんいかん。どうもコイツのペースに嵌ってる気がする。
このままじゃずっと音々子に振り回されっぱなしだ。
そんなの御免だ。
なのに。
そう思いつつも、同時に振り回されてみたいと思っている自分がいて。
その事に気付いて、怜人は少なからず動揺する。
どうしたいんだ、俺は。
強い瞳が俺を見つめてきている。
……俺はその瞳に負けた。
「分かった。飼ってやるよ……」
まさか怜人がOKするとは思っていなかったらしく――それも酷い話だ――音々子は一瞬驚いた顔をして、だがすぐにニッと笑った。
「ヨロシクな、怜人!」
「……よろしく……」
怜人は溜息を吐きつつも、取り敢えず聞いとかなければならない事柄をいくつか質問する。
「そういえばお前いくつだ?どこから来た」
「16。でも高校は行ってない。どこから来たかは秘密」
「親は?家出か?」
だが、音々子は急に不機嫌な顔になる。
「……そんな事聞いてどうすんの」
「飼うんだから知る権利はあるだろ」
「……そんな事言って、俺を追い出してあそこに送り帰すつもりだろ!」
何だコイツ。
何でこんな急に情緒不安定になってるんだ?
「おい音々子。さっき飼ってやるって言ったばっかじゃねーか。……あのな、いくら俺とお前の間で同意があっても、親が認めないっつったらお前が嫌だって言っても帰らなきゃならないの。親に警察に行かれたら俺が逮捕される事も有り得るの!先に手が打てるなら打っておくべきだろ。違うか?」
早口で捲くし立てて、怜人は内心、後悔の念に近いものを感じていた。
……もしかして俺、選択早まった?