翌朝、いつものように怜人よりも先に目覚めた音々子は、隣に眠る彼の顔を覗き込む。

 大好きな怜人の寝顔。

 昨日までは、怜人が目覚めるまでの、この僅かな時間だけにしか、自分から触れる事をしなかった。
 怜人に、意識のない状況でしか。

 意識がある時に触れるのは躊躇われた。
 何故なら、触れる度に切なさで胸が苦しくなってしまうから。
 好きになってはいけないのだと。
 触れては、求めてはいけないのだと。
 そう思い込んで、自分に言い聞かせてきた。

 でも昨日、それが全て誤解だったと分かって。
 今、凄く幸せな気分だ。
「怜人……」
 そろそろと手を伸ばし、怜人の額に掛かった前髪をそっと払えば、それに合わせて、腕に嵌められたブレスレッドの鎖がチャラッと音を立てる。
 怜人に貰ったモノだ。
 サファイアがあしらってあるプレートには、『NENEKO.M』の文字。
 真嶋のM。怜人の苗字。
 それだけで嬉しくなる。

 そういえば。
 音々子はふと思う。
 何でサファイアなんだろう。怜人の好きな宝石なのかな。
 あぁ、でも。
 怜人には、青って凄くよく似合うと思う。
 見た目とか、名前とか。少し冷たそうな印象。
 そういえば、確かサファイアも手触りが冷たいって何かで聞いた事がある。
 そういう所も、何だか怜人のイメージにピッタリだ。

 でも知ってるんだ。
 本当は、凄く温かい人だって。
 一緒にいると、お日様みたいにポカポカして、まるで陽だまりの中みたい。
 まぁ、誰かに優しくして貰った記憶が、自分にないだけかもしれないけど。

 怜人は私にとってのお日様。陽だまり。
 優しく包み込んで欲しい。
 私はもう、離れたくない。離れられないの。
 だから、お願い。
 ずっと私だけのお日様でいてくれる?
 ……なんて、少し我儘かな。
 でもね。
 貴方が好き。
 大好きなの。
 いつもは乱暴な言葉遣いだけど。
 自分の事、“俺”って言ってるけど。
 本当はちゃんと女の子らしくしたいんだ。
 ねぇ怜人。
 私を素直な女の子にしてくれる?

「怜人……大好き」
「俺も」
「っ!?」
 寝ていると思ったから言ったのに返事が返ってきて、音々子は心臓が止まるかと思う程ビックリした。
 見ると怜人は横になったまま目を開けて、こちらを見上げている。
「オハヨ」
「……おはよう」
 聞かれていたのが恥ずかしくて、音々子は少し不機嫌そうに挨拶を返す。
「音々子、まだ眠い。おはようのキスして?」
 怜人は甘えるような声でそう言いながら、すぐ側にあった音々子の手を取ると、自分の口元へと引き寄せ、その手の甲に口付ける。
「な……っ!」
 その行為に音々子は真っ赤になって、思わず怒鳴っていた。
「誰がするかバカーーーっ!」
「……あーもー、怒鳴るなよ。いーじゃねぇか、してくれたってよ」
 言いながら怜人は起き上がり、音々子に口付ける。

 軽くチュッと音を立てて、唇同士が合わさるだけのキス。

 突然の事で呆然としてしまった音々子に、怜人は言う。
「何?もっとちゃんとしたキスの方が良かった?」
「バ、バカッ!」
 真っ赤な顔で怜人から視線を逸らしながらそう言ってベッドから出ると、音々子は朝食の準備の為キッチンへと行く。
 そんな音々子を、怜人は愛しそうに見つめていた。