朝食の席で、音々子は怜人に聞く。
「ねぇ、このブレスレッド、何でサファイアなの?」
「ん?……あぁ、それ。本当はお前の誕生石とかにできたら良かったんだが。作った時、誕生日知らなかったし。だからまぁ、記念日にちなんでって事で」
あ、ちょっと残念。
怜人の好きな宝石とかじゃないんだ。
そう思って音々子は、首を傾げる。
「……記念日?」
「俺とお前が出会った記念」
あ、そうか。今、九月だし。
成程。何か嬉しいかも。
「怜人って意外にマメなんだ」
感心したように言う音々子に、怜人は素っ気無く言う。
「意外って何だ。……ま、本当は記念日とかあんまり興味はないがな」
「え……」
途端にハの字に下がる音々子の眉を見て、怜人は口の端に笑みを浮かべる。
分っかり易いヤツ。
「お前は別」
その言葉に一瞬キョトンとした音々子は、一気に顔を赤くさせた。
この変わる瞬間がまた可愛いんだよな、と怜人は密かに思う。
「……ありがと」
それは本当に小さな声で。
怜人は一瞬聞き間違えたのかと思った。
音々子が、素直にお礼?
いつもなら照れ隠しの為、怒鳴ったり、バカだの何だの言うのに。
もしかして。
誤解が解けた事で、いい方向に好転してるのだろうか?
そんな事を考えていると、音々子が不思議そうに聞いてきた。
「仕事はいいの?」
ム。仕事か……。
できれば行きたくない。
折角音々子が素直にしてるんだし、一緒にいたい。
……クソッ、確か今日は外せない会議があるんだった。
名残惜しいが行かなきゃならない。
「……行きたくねー」
怜人がボソッと呟くと、音々子はニッと笑って楽しげに言う。
「行かなきゃダメだよ、怜人♪」
どうやら怜人より優位に立てるのが嬉しいらしい。
「怜人は会社に行って、お仕事して?私は家の事して、怜人の帰りを待つのが仕事なんだから」
「……分かったよ」
チッ。
やっぱり『行っちゃヤダ』とか、そういう事は言わないのか。
……って待て。
今軽く流したけど、よくよく考えてみたら“私”って言ったよな?
言葉遣いも普通の女の子っぽかったよな!?
「ねね……」
そう気付いて声を掛けた時にはもう既に、音々子はキッチンへ逃げた後で。
怜人は急いで後を追ってキッチンの入り口に立つ。
「音々子、こっちに来い」
「……」
後ろから見ても分かる程、音々子は耳まで真っ赤にして。
「音々子」
強く名前を呼べば、俯いたままのろのろとこちらへやってきた。
その姿に怜人は満足そうに笑みを浮かべ、音々子抱き締めると耳元で囁く。
「いい子にしてるんだぞ?」
「……うん」
何だか先程からやけに素直で可愛い。
普段からもっと甘えてくれればいいのに。
あぁ、でも。
今までは誤解していたから、距離を置かれていたのだ。
だったらこれからは甘えて欲しい。
……なんて事を言ったら、今度こそ怒鳴られそうだからやめておく。
そんな事を考えて黙ってしまった怜人を、音々子は不安そうに見上げる。
あーもう。そんな顔するな。離れたくなくなる。
埒があかないので、怜人は音々子の唇にキスを一つ落とす。
「じゃあ、俺はもう行くな」
「……行ってらっしゃい、怜人」
キスの為か、音々子は少しぎこちなく微笑んでいて。
惜しいな、と思いながらも、怜人は家を後にした。