部屋の中に消えていった音々子に、怜人はある事を再確認した。

 音々子は猫だ。
 擦り寄って甘えてきたかと思えば、急に離れていく、気まぐれな生き物。

「……猫より犬の方が好きだったハズなんだけどなぁ……」

 音々子は今まで怜人の周りにいなかったタイプだ。
 気まぐれで、粗雑で、気の強い女。
 だが、時折見せる弱さが何とも愛しい。

「……おいおい、嘘だろ?会ってからまだ半日じゃねーか……」
 そう、まだ半日しか経っていない。
 音々子の事情は聞いたが、それだけだ。他はまだ何も知らない。
 なのに愛しいとさえ思っている自分がいて。
 正直自分自身に呆れた。

 何だこの変わりよう。俺ってこんなヤツじゃなかったハズだろ?

 そう思って音々子がいる寝室を見て。
 そこでハタと気付いた。
「そういえば俺、どこで寝りゃいーんだ……?」
 一つしかないベッドは音々子が占領している。
 となれば。
「……仕方ない、よな……」


 怜人がシャワーを浴び寝室へ行くと、音々子はもう眠っていた。
「気持ち良さそーに寝やがって……」
 小さく寝息を立てて、あどけない寝顔でスヤスヤと眠る彼女。
 こうして見ると、あの口の悪さが嘘みたいだ。
「……お休み、音々子」
 そう言って音々子の額に口付ける。

 起きてたらまた怒るだろうな。

 そんな事を思って苦笑しながら、怜人はソファで寝る為、部屋を出る。
 一日ぐらいならまぁ、どうって事ないだろう。
 季節はまだ秋の始まり。そんなに寒くもないし。
 そう思いながら静かに扉を閉め切る直前。
「……怜人?」
「っ!?」
 完全に気を緩めていた怜人にとって、その声は不覚にも心臓を飛び上がらせる程の驚きを生み出す結果となった。
 見ると、音々子は起き上がっていて。
 怜人は先程のキスを怒鳴られると思った。
 だが、音々子の口から発せられたのは、別の言葉。
「怜人……どうかした?」
 どうやら音々子は気付いていないらしい。
「……寝顔見にきただけだ。俺は居間にいるから」
 そう言って怜人が今度こそドアを閉めようとすると、音々子がしゅんとした声で言う。
「それって……俺が寝床取ったせい?」
「気にするな」
「だって、怜人寝るトコないんだろ?」
 その様子に、怜人はちょっとした意地悪を思い付く。
「じゃあ一緒に寝ていいのか?」
 怜人は口の端を上げてそう言う。

 きっと真っ赤になって慌てるんだろうなぁ……。

 そう思ってニヤニヤしていると、音々子は予想に反した言葉を返してきた。
「……いいよ。仕方ないから、さ」
 だが、そう言った音々子の目は泳いでいて。

 無理をしている。

 直感的にそう思った怜人は、音々子に近付き、彼女の頭を軽くポンポンッと叩いてやる。
「無理すんな」
 だが音々子は引き下がらなかった。
「だって俺が……じゃあ俺がソファで寝る!」
「男の好意には素直に甘えとけ」
「ヤダ!」
 お互いに一歩も譲ろうとしない。何故だか意固地になっていた。
「……じゃあやっぱ一緒に寝るしかないじゃん」
「あのな、俺がお前を襲うかも、とか考えないワケ?」
「……襲わないよ。だって怜人、優しーもん」
 そう言って音々子は少女らしい微笑みを浮かべる。

 ――そんな顔されたら言う通りにするしかなくなるだろーが。クソッ。

 そんな事を思いながら、結局二人で一緒にセミダブルのベッドに入る。
「狭いんだから、コレくらい我慢しろよ」
 そう言って怜人は、音々子を抱き締めて眠りについた。