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 ――夢を、見ていた。
 施設を飛び出して、優しい人に拾われて。抱き締められて眠る夢。
 目が覚めたらやっぱり施設で、泣きたくなった。
 そうして、もう一度その人の夢が見たいと思った。
「誰、だっけ……名前、冷たそうな感じの……」
 一生懸命思い出そうとするんだけど、記憶に靄がかかったみたいになって、どうしても思い出せない。
『音々子!ドコにいるんだい!?』
 施設の奴だ。また虐待される。
 嫌だ、怖い。
 助けて。
 誰か。

――お願い、助けて。夢に出てきた人――。


「……こ、おい……ね…こ……」

 誰か、呼んでる。

「……々子……音々……」

 そうだ、思い出した。この人の名前――。

「音々子!おい、音々子!?」
「……ん……怜、人……?」
 目を開けると、そこには心配そうな顔をした怜人の姿があった。
「どうした?うなされてたぞ?」

 優しい声、暖かい眼差し。

「怜、人ぉ……!」
 思わず目の前の彼にしがみ付いて、その存在を確認する。
「夢じゃないよね?怜人、ちゃんとココにいるよね……?」

 お願い、嘘でもそうだと言って。これが夢なら、一生醒めないで。
 優しく抱き締めて、離さないで。
 あそこは嫌。施設にはもう戻りたくないの。
 だから、ずっと貴方の傍にいさせて――。

 祈りが通じたのか、怜人は優しく微笑んで、抱き締めてくれた。
「夢じゃない。俺はココにいる。だから安心しろ」

 耳から聞こえてくる心地いい声と、暖かい、確かなぬくもり。

「うん……よか…ったぁ……」

 それらに安心した音々子は、再び心地いい眠りに誘われた――。

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 何だったんだろう、今のは。
 音々子の、いつもの強い意志を宿すあの瞳が、先程は儚く揺れていた。
 まるで、あのまま壊れてしまうんじゃないかと思う程に。
 施設や虐待の話をした時の比ではない。
 余程嫌な夢を見たのだろうか?

 音々子の瞳の端に浮かぶ涙を見つけた怜人は、そっと指で拭ってやる。
 怜人が傍にいるのを確認すると、安心したように再び眠りに付いた音々子。
 今も怜人の服をギュッと掴んでいて。
 それを見た瞬間、胸に込み上げる、ギュッと締め付けられるような想いに、怜人は苦しくなる。

 こんな感じ、初めてだ。
 音々子の全てを、今すぐ自分のモノにしたいと思った。

「音々子……っ」

 強く、強く、その華奢な体を抱き締める。
 満たされない想いに、怜人は益々胸が苦しくなった。
 眠っている彼女の瞼にそっと唇を寄せ、耳元で囁いてやる。

「音々子……お前は俺のモノだ……」
 すると音々子は僅かに反応し、笑顔になって。
 それが嬉しかった。
 だがそれ以上は我慢をして、自分に言い聞かせる。

 自分は大人だ。それくらいの分別は持て。

 それにしても。
「……まだ会ってからたった一日だぜ?しかもお前みたいな十も年下のガキを好きになるなんて。信じられるか、なぁ?普通ありえねぇっての。でも……しょうがねぇよな?好きになっちまったもんは」
 眠っている音々子に話しかけて、怜人は苦笑する。

 本気で他人を好きになった事などなかった自分なのに。
 苦しくて、切なくて、でもどうしようもなく音々子が愛おしい。
 大事にしたいし、護ってやりたい。
 傍にいたい。いて欲しい。
 彼女の全てを、独り占めにしたい。

 そう考え出すと、キリがなくて。
 怜人は自分の考えに再び苦笑する。
「……お休み、音々子」
 そうしてもう一度、今度は額に口付けて、怜人は再び眠りに付いた。