音々子が再び目を覚ましたのは、お昼過ぎだった。
「……お腹空いた……」
居間に行くと、机の上には書き置きと鍵とお金。
取り敢えず音々子は書き置きに目を通す。
「……マジ?」
書き置きの内容に、音々子は呆気に取られる。
何コレ。
何なのこの内容。
ご飯は出前か外食で?いや、それはいい。
でも、だからって。
「普通三万も置いていかないでしょ……」
本当に怜人って一体何者なんだろう。
詳しくは聞いてないけど、この部屋を見れば金持ちだという事は一目瞭然。まだ居間と寝室とお風呂しか見てないけど、居間めちゃくちゃ広いもん。お風呂なんて大理石だよ?まるでテレビで見たホテルのスウィートみたいな部屋。
こういう所に一人暮らしなんて、お金持ち以外有り得ない。
……何してる人なんだろ。
考えても分かんないからいいや。本人に聞けばいいんだし。
ただ、間違いなく金銭感覚はおかしい。
三万っていったら、一人暮らしの人の一ヶ月分の食費だよ?
……一日千円計算は切り詰めすぎかな?
まぁそれは置いといて。
それを今日一日分?一体何食べるってのよ。
「……何か作れないかな……」
そう考えて台所に向かった音々子は絶句した。
だって今まで使った形跡が、全くと言っていい程ない。
それどころか、折角のシステムキッチンなのに、鍋や包丁といった必要最低限の調理道具すら見当たらない。
あるのはコーヒーメーカーと電子レンジのみ。
となると当然冷蔵庫の中身も空っぽで。
せいぜいお酒のおつまみ程度のものがあるだけだった。
「……」
怜人って。
「……実はどこぞの王子様?」
よくこんな生活で暮らしていけるなぁ。
夜になって怜人が家に帰ると、音々子はテレビを見ていた。
「ただいま、音々子。……何食った?」
机の上には殆ど手付かずのお金。それを見て怜人は怪訝に思う。
ちゃんとマシな物食ったのか?コイツ。
「んー。昼がマックで、夜がコンビニ弁当」
「……もっといいもん食えよ」
「だって勿体ねーじゃん」
その言葉に怜人は、やれやれと溜息を吐いた。
勿体ねーって何だよ、勿体ねーって。
「なぁ怜人……俺が飯、作ろうか?」
音々子の口から唐突に出た思いがけない提案に、怜人は驚く。
「……作れるのか?」
「あーっ!ひっでー。俺に料理なんか似合わねーとか思ってんだろ!?」
「あ、いや……悪ぃ」
音々子には悪いが、イメージじゃない。
「……これでも施設ではいつも作らされてたんだ。だから得意なんだぞ?」
怜人は少し逡巡してから言う。
「……分かった。明日は休日だし、どうせ色々買わなきゃならないしな」
「買い物?」
「お前のだよ。生活必需品は買わなきゃなんねーだろ」
「あ」
音々子の持ち物は、数日分の着替えと多少の小物のみ。小物と言っても、お財布だなんだのという感じの物のみだ。
「あぁそれと、空いてる部屋お前にやるから。どんな部屋にするか考えとけ」
怜人の家はオートロックで冷暖房完備の、超高級マンションの十五階。3LDKの内、自室と寝室で二部屋使っているが、一つ空き部屋になっている。
「で、でも……」
施設では当然一人部屋とは無縁だった音々子は戸惑う。
「いいから黙って言う事聞け」
音々子は頷くが、それでも、だけど、とか呟く。
「……ただの浪費じゃなくて、必要な物を揃えるだけだろ。部屋にしたって、使わないよりは使った方がいいし、俺は他人で男だ。一人になれる空間があった方が、何かと都合いいだろ?何より俺が好きでやってるんだ。贅沢だとか思うな」
それでもまだどこか気にしている音々子に、怜人はもう何も言わなかった。