翌朝、怜人が“朝はコーヒーだけだ”と言ったら音々子に怒られた。
「朝食はキチンと摂らないとよくないんだぞ?怜人、その内絶対体壊す」
 音々子は昨日コンビニで朝食分のパンも買ってきており、怜人は仕方なくそれを食べた。


 朝食を済ませると、早速買い物に出掛ける事にする。
「どんな部屋にしたいか決まったか?」
「……んーん、まだ」
「じゃ、先に調理道具だな」
 そう言って怜人は、最近出来たばかりの話題のショッピングモールへと車を走らせた。
 ここなら大抵の物は揃えられるだろう。何といってもここは様々な業種のブランドメーカーが、こぞって出店しているのだから。

「へー。調理道具っつっても色々あるんだな……音々子、何が必要なんだ?」

 だが音々子の様子がおかしい。心なしか青ざめて固まっているような……。

「音々子?」
「……ここの高いって!ハンズとかロフトとか、もっと安いの売ってるトコにしよーよ!」
 あくまでも小声でそう言って、音々子は怜人の腕を引っ張って、店外へ連れて行こうとする。

 困惑して必死になっている音々子が可愛い。
 ……それは置いといて。

「長く使うモンなんだから、多少高くても良い品を買った方が長持ちするし、得だろう」
「……それはそうだけど」
 最初は渋っていた音々子だったが、結局折れた。

「じゃあ次は食器だな」
 隣接された輸入食器コーナーでも音々子は高いと駄々をこねた。
 輸入物のかなり良いデザインだと思うのだが。
「落として割ったら勿体ないじゃん!食器なんて100均で十分!」
「100均……聞いた事ぐらいならあるが……」
「……知らねーの……?……とにかく次!」
 だが折角だし、と、怜人はマグカップを一組買った。
 デザインは音々子に気に入った物を選ばせて。
「取り敢えず、今日から必要な物だしな」
 そう言いくるめて。

 次は音々子の部屋の家具選び。
 どんな感じがいいか決められないと言うので、なら家具を見てから決めよう、という事になった。

 音々子が取り敢えず、と選んだのは、スタンドタイプの照明と、楕円形のミニテーブル。
 それと、一部がラックになっている四段チェストと、小さめのカーペット。
 怜人はついでにスタンドミラーとリクライニングソファも購入した。

 音々子のチョイスした物は、色とかはかなり落ち着いた感じでいいが、いかんせん数が少ない。
 殺風景というより、不釣合いに物の少ない部屋という感じになってしまう。
 そうかといって、オーディオ機器でも置くか?と聞いたら、「いらない」と答えるし。
「あ。ベッドも買わなきゃな」
「あー、いつまでもあのままじゃね」
「狭いしな」
 そう言いながらベッドを見る。
「音々子、これにしないか?」
「……何でダブルベッドなの」
「何でって、今のじゃ狭いだろ?」
「……」

 二人の間に、暫し沈黙が流れる。
 心底不思議そうにしている怜人に、音々子は真っ赤な顔で言う。
「だって、昨日一緒に寝たのは仕方なくだろ?俺、部屋で寝るし」
「普通自室と寝室は別だろ?」
「……そういうモンなの?」
「そういうモンだろ」
 あっさりとそう言う怜人に、音々子は自分の感覚が合っているのかどうか分からなくなる。

 施設では個室も与えられなかったし、自室も寝室も一緒だった。
 それが当たり前だと思っていたし、今でもそう思う。
 自室と寝室が別などと言う怜人は、金持ちだからそう言えるのだろう。
 だけど、言われてみれば確かに、自室と寝室は別の方がいいと聞いた事がある気がしないでもない。

「……それとも音々子は、俺と一緒に寝るのは嫌だったか?」
 唐突にそう聞かれ、音々子はどう答えたらいいのか分からなかった。
「う……大体、今あるベッドはどうするんだよ」
「引き取ってもらえばいいさ。で、答えは?」
 話をはぐらかしたのに、怜人はしつこく聞いてくる。
「そ、それはその……」

 嫌じゃない。
 怜人と一緒だと暖かくて、陽だまりの中みたいな、そんな安心感があって。
 目が覚めて怜人が隣にいると、夢じゃないって実感できるから。

「……分かったよ。俺、一応怜人のペットだしな」
 音々子は、口が裂けても本心は言えないと思って、照れ隠しにそう言って誤魔化す。
 そんな音々子の反応に、怜人は内心驚く。

 もっと反対されるかと思った。
 別に、下心があって一緒のベッドを提案した訳じゃない。
 ただ、音々子が夢にうなされて泣いていたから。
 一人で泣かせたくないと思ったから。
 夢の中で泣いてるのはどうする事も出来ないから、せめて彼女が泣いて目覚めた時、一番近くにいて安心させてやりたい。
 ただ抱き締めて、安心させて、悪夢にうなされる事のないように。

 そんな事を思っていると、音々子が訝しげに聞いてきた。
「……何だよ」
「別に?」

 取り敢えずは。
 自分は音々子に、少しは気に入られているらしい。

 その事に怜人は思わず口の端を上げて微笑む。
「そろそろ昼飯にするか。何食べたい?」
 そう言って怜人は、その微笑みを隠して音々子に話しかけた。